日銀は自ら「デフレには無力」と信じ切っている? コロナ禍で漂う「日銀理論」の亡霊

 【お金は知っている】

 本コラムの主題である「おカネ」のうち、手で触れる現金はささやかなもので、圧倒的に多いカネの種類はただの数字でのみ存在する。日銀がカネを刷るとは、あくまでもたとえ話であり、実際には民間銀行が日銀に持つ当座預金口座に、日銀の担当者がパソコンのキーボードで金額数値を打ち込むだけである。

 この数値データの流れ全体をそれなりにコントロールできるのは日銀だけである。経済活動というものはカネが口座から口座へと動き回ることで活性化し、国民の所得を増やすことができる。

 通常、日銀資金を発行して市中銀行の日銀当座預金口座に流し込むと、市中銀行は融資して利ざやを稼ごうとする。しかし、デフレ圧力のもとでは、現預金の価値が高く、家計も企業も借金して負債を増やしたくない。それでも日銀資金供給が増えれば、市場金利が下がり、家計も企業もカネを借りやすくなるはずだが、日銀は民間銀行収益減を慮(おもんぱか)って、追加金融緩和をためらうようになる。

 日本経済は1997年度から、物価が継続的に下押し圧力を受け続ける慢性デフレにある。コロナ禍となると、日銀の役割が重大なはずだが、日銀は伝統的に金融の量的拡大ではデフレを解決できないと信じ切っている。日銀自らデフレには無力だというのだ。

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