迫る消費増税 海外は柔軟、景気次第で税率が変動

 8月下旬のある午後。ロンドン中心部ピカデリーサーカス周辺にあるスーパーマーケットは、夕食前の買い物に訪れる人々で混雑していた。近くに住む主婦、トーマス・リリー(44)もその一人。鶏肉や野菜のほか、夫との晩酌用のビール、小学生の長男のためのお菓子を購入した。

 英国では付加価値税(VAT)が日本の消費税にあたり、商品で税率が異なる。酒類は標準税率(20%)が適用されるが、もっと安く買えた時期があった。リーマン・ショックの際、2008年12月に酒類の標準税率は17・5%(当時)から15%に下がった。リリーは「夫とビールを抱え切れないくらい買ったこともある」と懐かしむ。

 減税で小売業の総売り上げが増え、景気も底打ちした。10年の国内総生産(GDP)成長率は1・7%と前年のマイナス成長からプラス成長に転じた。

 英国は、欧州連合(EU)の前身の欧州共同体(EC)に参加した1973年、法人税と所得税の大幅減税を行う代わりにVATを導入。国営医療制度など高福祉国家を維持した。日本の消費税に比べて高い税率にも、リリーは「税金がしっかり活用されている」と不満はない。

 英政治に詳しい大和総研の菅野泰夫ロンドンリサーチセンター長は「英国は、経済を軌道に乗せるために税率を器用にコントロールする術(すべ)を身につけている」と指摘する。

 英国情勢の目下の焦点はEUからの離脱問題だ。EUは加盟国で競争条件を公平にするためにVATの標準税率の下限を原則15%と定めているが、英国が離脱すればVATを15%以下にするとの観測がある。

 英議会下院は4日、「合意なき離脱」を阻止する野党法案を可決。ジョンソン政権は解散総選挙の意向も示し、情勢は混沌(こんとん)としている。EU側との離脱交渉がこじれれば経済の大混乱が英国を襲う心配もある。

 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)欧州研究所のイアン・ベッグ教授は「景気後退リスクがあれば、ジョンソン政権は税率を緊急カットする可能性がある」と話す。

 付加価値税を見直す動きは世界で近年みられる。当初7%だったカナダは、2008年に5%に引き下げた。フランスは導入以来何度も税率を変更している。マレーシアのマハティール政権に至っては昨年6月、個人消費を上向かせるため消費税にあたる物品・サービス税(GST)を撤廃した。

 日本の消費税は欧州のVATがモデルだ。小売業者が卸業者に払った税を控除できる仕組みなど、自らも研究し消費税導入に尽力した大蔵省(現財務省)元事務次官の薄井信明は「よく考えられた税だ」と感心したことを今も覚えている。

 だが、しなやかに変動する海外の税制に比べ、消費税は平成24年に使い道が社会保障費に限られ、聖域視されて硬直性が増した。

 一方、生活必需品などの税率を下げる「軽減税率」は、VATを導入する各国でも論議の種になる。

 アフタヌーンティーの歴史が根付く英国は、ケーキやビスケットが日常的な食べ物とされゼロ税率だが、板チョコなどはぜいたく品扱いで標準税率といった具合だ。節約に熱心なリリーも「長年生活していてもややこしい。理解していない店員もいる」と苦笑する。

 日本でも10月の増税に合わせて軽減税率が初めて導入されるが、消費現場での混乱が懸念されている。

 税制は各国で異なるが、グローバル化で経済の結びつきが強まっている。日本も海外の消費税制をめぐる動向に注意を払う必要があるだろう。=敬称略

【用語解説】英国の付加価値税(VAT)

 間接税の一種で日本の消費税に相当。1973年に導入された。内税扱いで価格は税込みで表示される。英国では伝統的に所得税など直接税が重視されていたが、サッチャー政権下で間接税へのシフトが進んだ。現在のVAT税制はEU離脱後も存続するが、独自に税率や軽減税率の対象品目などを決めることが可能になる。

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