「仮想通貨大国」目指すスイス FB「リブラ」は上陸するか

【三井美奈の国際情報ファイル】

 世界で是非論を巻き起こす米交流サイト大手フェイスブック(FB)の暗号資産(仮想通貨)「リブラ」。その本拠地に選ばれたスイスは、各国の規制の動きをよそに、「仮想通貨大国」を目指してひた走っている。

 シリコン・バレーならぬ、「クリプト・バレー」を御存じだろうか。英語で「暗号の谷」という意味で、スイス中部のツーク州の別名だ。人口12万の小さな州に、仮想通貨の基盤となるブロックチェーン(分散型台帳)企業が380以上ひしめくので、この名がついた。ここは、スイスの未来を示す「実験場」でもある。

 州都ツークを訪れると、静かな湖畔の古都だった。アルプスの山並みを背景に牛が草をはみ、果樹園が広がる。黄色い壁のかわいい民家が並び、まるでグリム童話から出てきたよう。だが、目を凝らすと表札にはフィンテック(IT金融サービス)企業の名がズラリ。ギャップがすごい。

 広場のカフェでは、仮想通貨ビットコインが使える。使い方を尋ねると、店員がタブレット端末を見せてくれた。「スイス・フランで価格を打ち込むと、今日のビットコイン価格が出てきます。あとは携帯電話を使って支払うだけですよ」と言う。店内を見渡すと、IT起業家とおぼしき男性が、ポロシャツと半ズボンというリゾート姿で端末を片手に論議していた。

 州内では行政手続きの手数料も、仮想通貨で支払いが可能だ。同州に本社を置く「ビットコイン スイス」と協力し、スイス・フランに換金して州口座に計上する。

 仮想通貨は変動幅が大きく、リスクが指摘される。そんな未知数の分野になぜ、入れ込むのか。それは「銀行大国」として生きてきたスイスが、新たな脱皮を図っているためだ。

 スイスの人口は約850万で神奈川県より少ないが、銀行数は260以上。金融機関が扱う総資産額は6兆6510億スイス・フラン(約722兆円)で、国内総生産(GDP)の10倍以上にのぼる。

 税金が安く、規制が緩いことに加え、「第三者への顧客情報の秘匿」の伝統で世界中から資金を集めてきたが、近年は「マネーロンダリング(資金洗浄)や脱税の温床」と批判を浴び、国際圧力に押されて情報開示を迫られた。銀行の「安全神話」崩壊で資金流出の動きが出始め、スイスは「次の手」を繰り出す必要に迫られた。

 リブラは「金融システム外に置かれ、銀行口座を持たない17億人」を視野に入れる。発行を始めれば、スイスが名実ともに仮想通貨の世界的中心地となるのは間違いない。

 リブラの「本社」は観光客でにぎわうジュネーブのレマン湖畔にある。路面電車の駅前に立つ6階建てビルに今年5月、FBは「リブラ・ネットワークス」を法人登記した。資本金は2万スイス・フラン(約216万円)だ。

 ビル1階はIT起業家の共有オフィス。上階にフィンテック企業が入居するが、リブラの表札はない。受け付けで尋ねたら、「ここに連絡して」とリブラ広報のメールアドレスを渡された。7月、米上院公聴会でFBのリブラ担当者が追及されると、スイス情報当局は数日後、「FBに個人情報の扱いを照会中だ」と発表した。米国の動きにピリピリしているようだ。

 仮想通貨については、7月の主要7カ国(G7)財務相・中銀総裁会議が「最も高い水準の規制を満たすべき」との方針で合意。中国や韓国は「イニシャル・コイン・オファリング」(ICO)と呼ばれる仮想通貨の新規公開を禁止している。

 スイスは、国際規制の先手を打ち、独自のルールを定めることで仮想通貨取引のつなぎとめを狙う。昨年2月にはICOのガイドラインを策定。金融機関向けのマネーロンダリング防止法を援用する仕組みを作った。昨年だけで、金融当局へのICOの申請・打診は155件に上る。

 スイスがあえて独自の道をたどるのは、歴史的な中立国で、世界中のNGOが集まる国柄にも起因する。仮想通貨には、貧困層支援への期待も大きい。「リブラ協会」に参加する米NGO「女性の世界バンキング」の広報担当者は、「銀行口座を持つことのできない女性は10億人近い。リブラの将来は分からないが、彼女たちが金融に手が届くようになれば、一つの希望になる」と話した。

 仮想通貨への国際規制が強まれば、スイスは先手先手で圧力をかわし、イタチごっこが続くだろう。アルプスの小国はしたたかに生き残り策を探っている。(パリ支局長)

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