ゴーン退場(下)仏政府の統合圧力、事件の引き金…日産は日本政府の支援期待

 全ては20年前に始まった。

 「ルノーとの強いパートナーシップで、国際競争を生き抜いていきたい」

 平成11年3月27日、東京都千代田区。経営危機に陥っていた日産自動車の社長(当時)、塙義一(故人)はフランスの自動車大手ルノーとの資本提携発表の記者会見でこう話した。その願いは、会見場にいたルノー副社長(当時)、カルロス・ゴーン(64)によってかなえられることになる。日産に送り込まれたゴーンは塙の後任社長に就任し、再建に成功。28年には三菱自動車への出資を決断して3社連合を形成し、29年の販売台数は合算で約1060万台と世界2位になった。

もくろみ頓挫も

 ドイツのダイムラーと米クライスラーの「世紀の合併」が失敗に終わったように、国境を越えた自動車メーカー同士の連携は難しい。その中で珍しい成功例とされてきた3社連合だが、“扇の要”だったゴーンが逮捕された後、日産とルノーとの意見対立が目立つようになっていた。日産はルノーの新体制移行を好機ととらえ、提案されていた臨時株主総会の開催に応じるなど、関係修復に乗り出した。だが、不安要素はルノー筆頭株主(保有比率15%)の仏政府の動向だ。

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