社長就任「私で良いのか」の思いを変えてくれた「真田丸」のあの場面 東京建物社長の野村均さん

 【リーダーの素顔】

 分譲マンション「ブリリア」などで知られる東京建物は、安田財閥の創始者、安田善次郎が明治29年に設立した日本最古の総合不動産会社だ。今年1月、5年ぶりのトップ交代で誕生した“生え抜き社長”は、次の時代に向け「3本目の柱」となる事業領域を育てたいという。創業120周年を迎えた伝統ある企業を、持ち前の「現場力」でどうかじ取りしていくのか。

 --この業界をなぜ志したのですか

 「漠然と、大所帯でなく転勤の少ない会社に…と思っていましたが、昭和54年竣工(しゅんこう)した超高層の新宿センタービルの威容に感銘を受け、当社を志望しました。入社後に実感したのですが、『自分たちのつくったものが地図に載ってランドマークとして残る』『新入社員でも数十億円単位の取引を手がけられる』というダイナミズムこそが総合不動産業の醍醐(だいご)味でしょうね」

 --入社以来、現場に長年携わってきました

 「まず配属されたのは法人仲介、つまりビルや工場の用地取得を仲立ちする部署でした。日常業務があるわけではなく、いわば仕事のネタを探すことが仕事という職場です。その後に分譲住宅開発、ビル事業と3部門をそれぞれ約10年ずつ経験しましたが、能動的にニーズを探して動き回るというマインドを最初の配属先でインプットされたことは、今も役立っています」

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