元銀行マンと新聞記者が振り返る「イトマン事件」…全容は解明されず、今も残る「バブル恐怖症」

 【平成30年史】

 「平成」はバブル経済の崩壊から始まった。株、土地、ゴルフ会員権などが実態をはるかに上回る高値で取引された狂乱の時代が終焉(しゅうえん)を迎える中、都市銀行のトップを巻き込んだ戦後最大の経済事件が平成2年発覚する。数千億円が闇社会に消えた「イトマン事件」だ。元住友銀行(現三井住友銀行)マンの国重惇史氏、イトマン事件を最初に報じた元日本経済新聞記者の大塚将司氏、当時日経新聞のデスクだった田村秀男・産経新聞特別記者に、事件の背景や当時の金融政策などを聞いた。

 《イトマン事件は、中堅商社イトマンを舞台に主力取引銀行の住銀も絡んだ特別背任事件だが、バブルに狂奔し、裏社会につけ込まれた銀行の“暗部”があぶり出された点でも過去の経済事件とは一線を画した。事件では6人が逮捕され、大阪地検は平成3年の初公判で「戦後最大の経済事件」と位置付けた》

 --なぜ、バブル景気が起こったのか

 大塚 米国に言われるまま、金利引き下げや財政出動を実施したからだ。平成元年に三菱地所がニューヨークのロックフェラー・センターを買収したのが象徴的で、当時の日本経済は最強だった。でも(巨額の対日貿易赤字を抱えていた)米国は「貿易不均衡は内需が少ないからだ」と騒ぎ、日本は要求を受け入れざるを得なかった。金利引き下げも財政出動も両方やってしまった。金融緩和と内需拡大策が円高不況の克服に役立ったのは確かだが、バブル景気をもたらし世の中全体を株や土地の投機に走らせてしまった。

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