【主張】五輪批判 選手への攻撃は許せない

 五輪批判のためなら、手段を選ばぬということか。看過し難い、選手個人への攻撃である。

 東京五輪代表入りを決めた競泳女子の池江璃花子に対し、会員制交流サイト(SNS)で、五輪開催に反対するよう求めたり、代表辞退を求めたりするメッセージが送られていた。

 開催の可否を決めるのは国際オリンピック委員会(IOC)であって選手ではない。池江への要求は見当違いも甚だしく、不当な圧力でしかない。何よりも「オリンピックに出るため、ずっと頑張ってきました」という池江の思いを踏みにじる残酷な暴論だ。

 池江は一昨年2月に急性リンパ性白血病と診断され、約10カ月の入院生活を送った。昨年8月に実戦復帰してからは驚異的な回復力を見せ、今年4月の日本選手権で4種目制覇を果たしてリレー代表メンバーに選ばれた。

 池江の力強い泳ぎは、同じ難病に苦しむ人にとって、闘病生活に差しこむ光だろう。笑える約束のない明日を信じて練習に打ち込む姿に、新型コロナウイルス禍という国難の中で東京五輪を開催する意義を見た人も多いはずだ。

 持病のある池江は、コロナ感染による重症化の不安とも闘っている。五輪中止を求める世論に「仕方なく、当然の事」とした上で、「今やるべき事を全うし、応援していただいている方達の期待に応えたい一心で日々の練習をしています」ともつづった。

 われわれは競技者の背中から多くのメッセージを受け取り、前に進む糧にする。外野の思惑のために、彼らの思いが曲げられることを許してはなるまい。

 昨今の五輪批判は過熱する一方だ。組織委によるスポーツドクター200人の募集や、日本看護協会への看護師500人の派遣要請さえも強い批判を浴びた。

 ワクチン接種が進まない中、医療従事者が五輪に割かれることへの不安や不満は理解できるが、スポーツドクターには募集を上回る約280人の応募があった。五輪開催を望む世論も根強くある。

 選手や大会準備に携わる人々が開催を信じて全力を尽くすことは責められることではない。

 池江は「わたしに限らず、頑張っている選手をどんな状況になっても暖かく見守っていてほしい」と書いた。見守り、そして支える寛容さが世の中にほしい。

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