【話の肖像画】龍谷大学教授・李相哲(61)日本映画「絶唱」にグッときた

 ■日本映画「絶唱」にグッときた

 《激戦となった入試を勝ち抜き、晴れて大学生になった。文化大革命で一般入試が10年以上も中止されていたため、クラスメートの年齢も、歩んできた人生もさまざまだった》

 中央民族大学文学言語学部(朝鮮語専攻)は24人でした。クラスメートには記者や雑誌編集者ら、すでに各地で活躍していた人もいましたし、私より10歳上の人もいました。女性8人、男性は16人です。

 自由の空気に包まれて毎日、北京の街を歩きました。大好きな小説もたくさん読みました。とはいえ、外国の小説などは手に入りにくく、自由に借りることはできません。しかしクラスに北京国際放送(ラジオ)のアナウンサー2人が聴講に来ていて、彼らが日本の国会図書館にあたる施設の入館証を持っていたので、いろいろと借りてきてくれました。

 《このクラスメートは後年、日本に渡航するときにも大きな手助けをしてくれることになる》

 借りて読んだ本では、川端康成や三浦綾子の小説に感動しました。「雪国」の「トンネルを抜けると…」は、その情景がほうっと浮かんできた。三浦綾子の「氷点」は医師の夫と奥さんが同じ屋根の下ですれ違った心で暮らしているというストーリーでした。日本の家族はこんなふうにバラバラの心で暮らしているのだろうか、と不思議に思ったものです。

 いずれも翻訳本ですが、原文の繊細な筆致が伝わってきて、日本人とは何と細やかな感性をもっているのだろうと感じ入りました。「雪国」の影響か、当時の私が日本に抱いたイメージは、白くて清潔なところでした。

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