【主張】回顧2020 新型コロナに明け暮れた 克服への新たな戦いに臨め

 歴史に「たら」「れば」はないのだが、それでも考えてしまう。もし、中国・武漢に端を発する新型コロナウイルスの感染拡大がなかったら。トランプ米大統領は再選を果たしたかもしれない。安倍晋三前首相が健康を害することもなかったかもしれない。

 間違いなく、東京五輪・パラリンピックは開催されたろう。そこでどんなドラマが繰り広げられたか。むなしい想像ではある。

 現実には、国内外が新型コロナに蹂躙(じゅうりん)され、対応に苦慮した1年だった。そしてそれは、今も続いている。

 ≪感染は中国が拡散した≫

 今年の「主張」を振り返ると最初に「新型コロナ」が登場したのは1月18日、「中国は正確な情報開示を」と求めたものだった。

 中国湖北省武漢市では昨年末から原因不明のウイルス性肺炎の患者が急増していたが、当初は人から人への感染を否定し、日本政府も危険性を低く見積もった反省がある。中国政府は22日、初めて会見を開き、習近平国家主席が防疫に向けた異例の声明を発表したが、当時の菅義偉官房長官は「現時点で持続的な人から人への感染は確認されていない」と述べるにとどまっていた。

 初動の時点で中国が正確な情報を開示し、世界保健機関(WHO)などが適切な対応をとっていれば、現在の世界的危機は未然に防げた可能性がある。

 「主張」は、中国よりの姿勢が目立つWHOのテドロス事務局長を「事務局長の更迭を」(2月1日)、「対中配慮を猛省せよ」(3月13日)と指弾し、感染源となりながら外務省報道官が「米軍が感染症を持ち込んだかもしれない」と発言するなど責任を転嫁し続ける中国に対しては「不毛な詭弁(きべん)をやめよ」(23日)、「調査団を受け入れよ」(5月8日)と、一貫して批判してきた。

 日本政府に対しては「強い危機感で水際対策を」(1月23日)、「国民の保護に覚悟を示せ」(31日)、「明確な発信怠るな」(2月15日)、「首相が国民に語りかけよ」(26日)と強いリーダーシップと危機感を求め、緊急事態宣言の際には「国民の底力が問われている」(4月8日)と、国民にも協力を呼びかけた。

 宣言の解除時には「次の波への備えを急げ」(5月26日)と求め、再拡大の兆候には「冬場の猛威に警戒強めよ」(11月7日)と警鐘を鳴らした。

 コロナ禍の東京五輪へは「完全な大会へ延期準備を」(3月18日)、「今夏の大会実施は不可能だ」(24日)と延期を促し、延期決定には「日本は成功に責任を負う」(26日)、「総力を挙げ来夏へ再始動を」(4月2日)と来年7月の聖火点灯を強く望んだ。

 終始、政策に疑問を呈したのは観光支援事業「Go To トラベル」に対してだった。夏の感染拡大には事業の「一時停止」を、先の再拡大時には「一部停止」を求めた。

 政府が11月25日に宣言した「勝負の3週間」も感染の収束には結びつかず、ようやく重い腰を上げて年末年始の全国一斉停止を決めたのは12月14日になってからだ。それも「28日から」という中途半端なもので、15日の「主張」は「28日まで待つ必要あるか」と政府の決定を批判した。

 ≪すべてに後手を引いた≫

 日本の感染者数、重症者数、死者数は、拡大しているとはいえ、欧米の状況とは桁が違う。その要因は分かっていないが、強制力を伴わない政府、自治体の要請を受け入れ、マスクの着用や「3密」の回避に努力してきた国民性に負うところが大きかったことは間違いないだろう。

 だが、個人の努力に依拠することには限度がある。

 補償を伴う強制力に法的根拠を持たせるには、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正が必要だ。「主張」は「特措法の改正をためらうな」(5月2日)、「収束した後では遅すぎる」(7月21日)などと訴えてきたが、政府・与党は年末になってようやく来年の通常国会に改正案提出を目指すようかじを切った。すべてに後手を引いてきた印象が強い。

 新型コロナは難敵である。英国など欧州では変異種が猛威をふるい始めた。来年こそは先手先手で戦いを挑んで封じ込め、国際社会とも連携して東京五輪を希望の大会として成功させてほしい。

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