【主張】コロナ禍と財政 現実踏まえ改革の道筋を

 新型コロナウイルス禍の克服のため財政が果たすべき役割は大きい。政府は2度の補正予算で国債による借金を重ね、巨費を投じてきた。異例の財政出動は、先進国や新興国を問わず必要とされる政策対応でもある。

 だからといって、これをいつまでも続けていいわけはない。あくまでも一時的な危機対応である。財政悪化を許しても大胆な施策を取るのは、緊急性があり、高い効果を見込めるからにほかならない。

 そんな基本がなおざりになっていないか。感染拡大の中で強行した「Go To トラベル」事業は典型例だろう。実施のタイミングを誤れば、観光需要を喚起する効果は大幅に減じるのに、政権は立ち止まろうとしなかった。

 このような対応で財政が際限なく弛緩(しかん)する事態を懸念する。感染第2波が深刻化すれば再び思い切った施策が必要になる。そういう時期だからこそ、併せて財政事情の厳しさも自覚すべきだ。その上で将来的な財政のありようを考えておかなくてはならない。

 内閣府が先に示した中長期試算によると、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化が見通せる時期は、年初の試算より2年も後ずれして令和11年度となった。政府目標は7年度だ。これまでも政府目標と試算の時期が乖離(かいり)していたのに、コロナ禍でこの差がさらに拡大した。

 そもそも、試算自体が甘い想定に基づく。11年度の黒字化も、経済成長率が中長期的に実質2%程度、名目3%程度を上回るのが前提だ。最近、これほどの成長が続いたことはない。ましてやコロナ禍が経済に及ぼす悪影響は長期化するとの見方が一般的である。

 成長率が1%程度にとどまるシナリオなら11年度も10兆円以上の赤字が残る。このままでは目標達成は極めて難しい。現実的な財政健全化計画を作るべきである。

 従来の目標を堅持するなら歳出・歳入両面で抜本的な対策を講じなければならない。目標時期の変更も検討課題だろう。コロナ禍で財政需要の先行きが見通せない中でも、改革の方向性については今から明確にしておくべきだ。

 来年度の予算編成では、コロナ関連の各省庁の要求に上限を設けなかったが、これを放漫財政の免罪符にしてはならない。危機においても、不要不急の支出が許されないのは当然のことである。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ