【主張】プロ野球開幕 社会を元気にする契機に

 テレビの画面越しに、球音が届いた。

 3カ月遅れのプロ野球の開幕である。各球団が満を持してマウンドに送り出したエースらが快速球を投げ込み、捕手のミットが静寂の球場に乾いた捕球音を響かせた。

 無観客の開催で、長谷川勇也(ソフトバンク)の好守備にも、吉川尚輝(巨人)の逆転本塁打にも大歓声はなかったが、興奮は、十分に茶の間に伝わった。

 ドーム以外の球場は大雨に見舞われたが、試合中に何度も何度もグラウンド整備を繰り返した裏方の努力もあり、全試合が最後まで全うされた。

 新型コロナウイルスの感染拡大で対応に追われ、ようやくこぎつけた開幕である。

 長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督は開幕に際して談話を発表し、この日に向けた球界の努力を「この国から野球という灯を消してたまるか、という決意であった」と評した。そして「3カ月遅れの球音が、再びこの国を元気にしてくれることを願ってやみません」とコメントを締めた。

 これが全てである。

 プロ野球には実績を重ねてスタンドに観客の姿を取り戻してもらいたい。Jリーグをはじめとする他のスポーツも順次、活動を再開させる。

 その一歩一歩を、来夏に延期された東京五輪・パラリンピックの開催に結びつけてほしい。そうした過程は、社会が日常を取り戻す大きな助力となるはずだ。

 無観客での開催で、改めて気づかされたことがある。それは音による野球の面白さだった。

 快打と凡打で打球音は違う。速球と変化球の捕球音も同様だ。プレーごとに選手間やベンチからの声が聞こえる。スタンドの歓声がないことは寂しいが、新たな野球の楽しみがそこにあった。

 コロナ禍の無観客試合を奇貨として、この際、応援のあり方についても考え直してはどうか。

 プレーとは関係なく、鳴り物の大音量が響き続ける応援のあり方は、観戦の楽しみの一部を損なってはいないか。他競技についても同様である。屋内競技で拡声器による応援のリードや大音量の音楽は本当に応援や観戦に必要か。

 プレーに固唾をのみ、結果に大歓声を上げ惜しみなく拍手する。そんな観戦環境を恋しくさせる開幕でもあった。

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