【主張】桜の開花 五感で季節を確かめよう

 わが国では、「花」といえば梅か桜を指す。

 花日和、花曇り、花冷えなどは、桜の季節の移ろいやすい空模様を表す言葉である。季節は言葉を育み、言葉は人々の詩情を育んできた。

 桜は、われわれの心に色を添えてくれる春の代名詞であり、百花を代表する日本の花だ。

 気象庁は東京都心の桜(ソメイヨシノ)の開花を宣言した。都内では雪が降り、真冬並みの寒さだったが、靖国神社内にある「標本木」に5、6輪以上の咲き初めが確認された。これまで最も早かった平成14年と25年の3月16日より2日早い、観測史上最速の宣言となった。

 残念ながら、折からの新型コロナウイルス禍の拡大で、桜の楽しみ方は様変わりしそうだ。

 東京都は、管理する公園や河川敷などでの花見宴会の自粛を呼び掛けている。花の盛りに多くの観光客が訪れる東京・新宿御苑では混雑時に入場規制が行われ、レジャーシートを敷いた長時間の滞在も一律に禁止される。

 家族や会社の仲間らが料理を広げ、にぎやかな酒宴を張って花見を楽しむ。そんな季節の風物詩はお預けになる。感染の拡大を防ぐ上ではやむを得まい。

 花見の起源は、昔の農村社会の予祝行事とされる。里に迎えた山の神は桜の木に宿り、人々は花を愛(め)でることで豊作を願った。

 笑い声や歌声のない花見は寂しい。しかし、このような時期だからこそ、酒興の喧噪(けんそう)にまぎれて脇に置かれてきた「花」を、静かに楽しんではいかがだろう。

 〈花の雲鐘は上野か浅草か〉

 芭蕉は江戸・深川の草庵から望む風景をこう詠んだ。見渡せば雲と見まごうほどに花は盛りを迎えている。耳に届く鐘の音は上野の寛永寺か、浅草の浅草寺か-。

 色と音の織り成す景色をわずか17音で描いている。目で耳で味わう春もあることを、先人は教えてくれる。

 冬が抜けた列島には、生命の息吹が満ちている。平安期の歌人、在原業平は〈世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし〉と詠んだ。開花が近づけば「まだか」と気をもみ、咲けば咲いたで「もう散るのでは」と気もそぞろになる。桜前線とともに心が波立つ季節でもある。五感を磨くことで、春の新たな楽しみ方も見つかるのではないか。

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