【主張】死刑判決の破棄 裁判員に無力感を与える

 裁判員制度は、国民の日常感覚や常識を裁判に反映させることなどを目的に導入されたのではなかったか。

 職業裁判官による裁判員裁判の否定が続いている。制度の意義を問い直すべきではないか。

 兵庫県洲本市で平成27年3月、男女5人を刺殺したとして殺人罪などに問われた被告の控訴審判決で、大阪高裁は求刑通り死刑とした1審神戸地裁の裁判員裁判判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。

 裁判員裁判の死刑判決を控訴審が破棄したのは7例目であり、5件は最高裁が控訴審判決を支持して確定している。

 洲本の事件で1審と2審の判断が分かれたのは、被告の責任能力の評価による。

 1審では2人の担当医の鑑定結果を検討して完全責任能力を認めたが、高裁は職権で3度目の鑑定を実施し、この結果から心神耗弱を認定して刑を減じた。

 被害者遺族の一人は代理人弁護士を通じ、「1審の判断を否定して被告人を守ることは、裁判員裁判の趣旨を台無しにするものと思います」とコメントした。

 裁判員裁判の判決は、原則として裁判員6人、裁判官3人の合議で行われる。法解釈や判例の判断については裁判官から十分に説明を受けることができる。決して裁判員のみによる感情に任せた結論が導かれることはない。

 過去に死刑判決が破棄された6例でも、裁判員らは真剣に評議を続けてきた。死刑を選択した苦渋の判断は、主に被害者の数、犯行の計画性などを理由に過去の判例との公平性が疑われ、高裁で覆されてきた。

 裁判員制度導入前の判例と、国民の日常感覚や常識との間に、ずれが生じていると理解すべきだ。裁判員裁判の判決の破棄が続く現状は、裁判員に無力感を生じさせることにつながる。

 内閣府が全国の18歳以上の男女を対象に、昨年11月に実施した世論調査では、死刑制度の存続を容認する人が80.8%に上った。

 「廃止すべきだ」は9.0%である。国民の大多数が死刑制度を支持している。

 究極の刑である死刑の選択に慎重さが求められるのは当然だが、制度存続への国民の支持も軽視してはならない。裁判員制度下での死刑判決の判断基準を見直す時期に来ているのではないか。

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