【主張】核抑止力 「悲劇」を防ぐには必要だ

 来日していたローマ教皇(法王)フランシスコが被爆地長崎や広島での演説で、核兵器の使用や保有は「倫理に反する」と廃絶を訴えた。「核兵器は安全保障への脅威から私たちを守るものではない」と述べ、核抑止力を否定した。

 「真の平和は非武装以外にあり得ない」とも述べた。宗教家の立場から、核廃絶や平和の理想を語ったものととらえたい。これらをそのまま現実の政策に適用するのは危うい。

 核廃絶が理想である点は言を俟(ま)たないが、世界はそれを一足飛びに実現できる環境にはない。

 残念ながら、教皇の言葉通りに日本や主要国の政府が一方的に核抑止力を否定、放棄すれば、残る核保有国が圧倒的優位になる。軍事バランスが崩れ、人々は核の脅威にこれまで以上にさらされてしまう。全ての核保有国が放棄すると合意しても、核兵器を隠したり、ひそかに製造したりする国や勢力が現れれば万事休すだ。

 菅義偉官房長官は記者会見で、「日米安保体制の下で、核抑止力を含めた米国の抑止力を維持、強化していくことはわが国の防衛にとって現実的で適切な考え方だ」と述べた。極めて妥当である。

 核兵器を持たない日本が、北朝鮮や中国、ロシアの核の脅威にさらされていることを忘れてはならない。

 日本政府には、広島、長崎のような悲劇や核兵器使用の脅しから国民を守る責務がある。だから通常兵力と並んで核抑止力も日本の守りに加える政策を長らく採ってきた。この核抑止力は自前で用意せず、日米同盟に基づき米軍の核戦力つまり米国の「核の傘」を充ててきた。この方針は、国家安全保障戦略や「防衛計画の大綱」に記されている。

 ミサイル防衛を進めても百発百中で核ミサイルを撃ち落とすことはできない。人類の今の科学技術の水準では、核の脅威には核を含めた戦力で抑止する態勢をとることが欠かせない。皮肉なことだが、核拡散防止条約(NPT)で認められた核抑止力の存在が、核戦争や大国間の戦争を防いできた面は否めないのである。

 菅長官は「現実にある安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に、現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求していく必要がある」と語った。これ以外の正解はないだろう。

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