【主張】体育の日 先人の功績再確認したい

 アジアに初めてともった聖火は、紺碧(こんぺき)の空を背によく映えた。

 自衛隊機が描いた5つの輪も、国立競技場に放たれた無数のハトも、秋晴れとともに人々の記憶に刻まれている。

 東京五輪の開会式が行われた昭和39年10月10日は、わが国が敗戦の痛手から立ち直り、国際社会への復帰を果たした日だ。

 日本勢は史上最多となる金メダル16個を獲得し、国民に自信と誇りを取り戻させてくれた。2年後に制定された「体育の日」は、平成12年から10月の第2月曜日となり、今年は14日だ。

 本来は後世に語り継ぐべき日だが、「体育の日」と呼ばれるのは今回が最後となる。

 来年は東京五輪の開幕する7月24日が祝日となり、名称も「スポーツの日」に改まる。

 国際舞台では日本勢の活躍が当たり前の光景になった。スポーツは国民の暮らしの中にしっかり根を下ろしている。国民の幅広い層に門戸を開いてきた国民体育大会(国体)も、令和5年には国民スポーツ大会になる。「スポーツの日」も、時代の変化を考えれば自然な流れなのだろう。

 「体育」の呼称に厳格な上下関係や強制に近い響きを覚える人は少なくないが、その認識は間違っている。学校教育の中で仲間とともに体を動かし、心身の健康な発育を促す「体育」は、日本独特の文化だといわれる。世界に誇れる文化といってもいい。

 2度目の東京五輪招致が決まってからは、政府がペルー、フィジーなどの開発途上国の小学校に体育を根付かせるために、指導者派遣やノウハウの提供を続けている。ミャンマーなどへは、運動会の開催支援も行ってきた。

 スポーツは世界の公共財だ。発達段階にある子供たちが、スポーツを通じて仲間との協調やルールの順守といった人生万般に通じるものを学ぶ意義は、小さくない。「体育」の母国であることを日本人はもっと誇っていい。

 体を動かす楽しみや喜びを教えてくれたのは、半世紀以上も前のオリンピアンに負うところが大きい。呼称が「スポーツの日」と変更されても、先人への感謝と輝かしい功績への尊敬を再確認する日であることは変わらない。祝日本来の意義を忘れぬためにも元の10月10日に戻すのが望ましいことを改めて指摘しておきたい。

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