【主張】靖国創建150年 安倍首相は参拝の再開を

 靖国神社が創建150年を迎えた。明治2年6月29日に建てられた東京招魂社が前身である。

 近現代日本における戦没者追悼の中心施設だ。敗戦後、国の護持から民間の宗教法人へ移行したが、国に殉じた英霊を祀(まつ)っている本質に何ら変わりはない。

 英霊の追悼は本来、伝統的様式で国が責任をもって行うべき事柄だ。遺族ら多くの国民に支えられた靖国神社が慰霊を執り行ってきたことに感謝したい。

 靖国神社では246万余柱の英霊に加え、境内の鎮霊社に空襲などで亡くなった一般国民や、外国の戦没者の霊が祀られている。

 日本を守るため尊い命を捧(ささ)げた英霊にとって、靖国神社に祀られることは自明だった。日本の国が破ってはならない英霊との約束であるはずだ。だからこそ、占領期はもちろん昭和27年の再独立後も、昭和天皇のご親拝や首相、閣僚らの参拝が行われてきた。

 ところが昭和後期以降、中韓両国の干渉などで参拝が政治問題化して、勅使の参向はあるもののご親拝は途絶え、多くの首相も参拝を控えてしまった。

 小泉純一郎元首相は在任中の平成13年から18年まで毎年1回、計6回参拝して、国のリーダーとしての責務を果たした。

 安倍晋三首相は、25年12月に参拝した際、「二度と戦争の惨禍によって人々が苦しむことのない時代をつくるとの誓い、決意をお伝えするため」と語った。その信念に変わりないなら、5年半にわたる参拝の見送りは残念だ。外交的配慮よりも英霊や遺族へのおもんぱかりが先であってほしい。春秋の例大祭などの機会をとらえ、参拝を再開してもらいたい。

 国会は昭和28年8月、「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」を全会一致で採択した。政府は関係国の同意を得て、死刑を免れたA級を含む全ての「戦犯」を釈放し、刑死・獄死した受刑者の遺族にも年金を支給した。そのうえで、連合国の手により刑死した人々が合祀(ごうし)された経緯がある。

 日本は戦後一貫して、平和と民主主義を尊重し、擁護してきた。靖国参拝が戦争賛美であるかのように批判することは誤りだ。

 戦争体験者が今よりもはるかに多かった頃のように、まず首相の参拝を普通の光景に戻したい。それが、天皇陛下のご親拝復活の環境を整えることにつながる。

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