板門店会談を即決した背景 金正恩氏を悩ます中露の軍事演習

 【加藤達也の虎穴に入らずんば】

 シンガポールとベトナム・ハノイで、1年以内に2度も「出会い」と「別れ」を演じた米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長。トランプ氏が今回の会談にあたり「出会った初日からお互いに好きだった」と告白しているように2人は最初から、いい感じのコンビだった。

 1本のツイートをきっかけに首脳会談までいってしまったが、投稿からわずか1日後の6月30日午後には会談成立である。外務省の幹部は「2人にはプロトコル(儀典)だとか、アドレフ(本国政府承認前提の暫定)合意だとか、外交の常識は一切無用なのだ」と驚く一方で、「逆に見れば2人は、非核化交渉が行き詰まる中で腹案もなく首脳会談に臨み、進展があると見込んではいなかったはず」と、不安定感を指摘する。

 先日、来日した北朝鮮の元駐英公使、太永浩(テ・ヨンホ)氏によれば、正恩氏は北朝鮮では「神」のように偶像化されている。正恩氏の言動は常に堂々と無謬(むびゅう)で「神」の威厳をたたえ、不安定感とはほど遠いはずなのだが…。

 今回はシナリオや演出を練り上げる余裕もなかったか、北の官製報道を見ても交渉継続の意思と信頼関係の強調以上のものは伝わってこなかった。

 キャストや舞台設定などの見た目が華やかで複雑なシナリオ展開のドラマほど、筋を追うのが難しい。今回の板門店会談も惑わされてしまいそうだが本質は正恩氏がなぜ準備もなく飛びついたのか、だろう。

 実は、正恩氏が板門店会談を即決した背景に、北朝鮮がロシアと中国に軍事的に追い込まれているからではないかとの見方がある。

 中朝国境付近で昨年9月中旬、ロシア軍がソ連崩壊後最大規模とされる軍事演習「ボストーク(東方)2018」を実施した。

 この特徴は中国軍が初参加し、3千人もの将兵と多数の重火器、航空機をロシアに越境派遣したことだった。ロシアは「いかなる国も想定していない」としているが、安倍晋三首相が東方経済フォーラム参加のためウラジオストクを訪問する中での演習には、日本への軍事恫喝(どうかつ)ではないかとの分析も出た。

 だが在京のロシア専門家は「北朝鮮有事にロシアが介入することを念頭に置いたものだ」と分析。「北朝鮮北東部で作戦行動する中露が軍事衝突を回避するため指揮、統制、通信を調整するねらいもあるとみられる」と指摘するのだ。

 さらに、日本当局が情報交換する各国のロシア駐在武官は「北朝鮮有事で中国が北に侵攻する場合、ロシアが日本海側の羅先(ラソン)の海軍基地や大量破壊兵器の捜索押収で中国を支援することは既定方針であり、常識である」と断言する。

 北朝鮮での中露の合同作戦演習を含む「ボストーク2018」の意味を、正恩氏は正確に理解しているだろうか。北朝鮮をめぐっては中国も昨春、中朝国境を含む地域で対北空爆を想定したと目される初の大規模軍事演習「ゴールデンダーツ」を実施している。

 日米などは、北朝鮮有事で中露は北の敵対勢力となり得ると認識している。それにもかかわらず北朝鮮は4月、ロシアを頼り、ウラジオストクで首脳会談を開き、正恩氏は冷遇された。

 北朝鮮の対外方針の“迷走”について当時、米政府関係者が筆者に明かした説は正恩氏の対外政策アドバイザーである金英哲氏ら古い流派の間違った判断だというものだった。

 北朝鮮はハノイ会談決裂後の一時期、主導した金英哲氏らを対外交渉の一線から遠ざけたが、その後の内部状況は不明だという。

 正恩氏がツイートの誘いに乗ったのは、中露という“背後の脅威”から逃れ米国に庇護(ひご)を求めようとする動きなのか。米国は慎重に見極めようとしている。

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