【主張】野田女児の死亡 救えるはずの命を失った

 改めて強調したい。彼女の命は救えるはずだった。大人がそれぞれの職責を当たり前に全うしていれば、幼い命が失われることはなかった。

 千葉県野田市の小学4年、当時10歳の女児が1月、両親の虐待を受けて死亡した事件で、女児が県柏児童相談所で一時保護中に、医師から性的虐待の疑いがあると診断されていたことが明らかになった。

 医師は、これらの被害から女児が心的外傷後ストレス障害(PTSD)であると診断した。柏児相はこうした事実を把握しながら一時保護を解除し、父親の元に女児を戻した。あげくに女児は自宅での苛烈な虐待を受け死亡した。

 県の虐待対応マニュアルでは、性的虐待の疑いは保護の緊急性を高くすべきケースに当たる。「訴えは1度だけだった」などは言い訳とならない。常習性を疑う聞き取りが行われた形跡もない。女児を家庭に戻したことは、致命的な誤りだった。

 女児の死亡後、柏児相所長は「(一時保護)解除の判断は妥当だったが、その後の対応が不足していた」と述べていた。当時すでに、性的虐待の疑いがあることを承知していたはずである。それでなくとも、女児の死亡という重大な結果を前に、「判断は妥当」はあるまい。

 女児が学校に救いを求めて父親の暴力を訴えたアンケートのコピーを、威圧に屈して当の父親に渡してしまった野田市教委も同様である。すべきことをやらず、やってはならないことをした児相や教委が、女児を追い詰めたのだ。

 親権者による体罰の禁止を明記した児童虐待防止法と児童福祉法の改正案が衆院本会議で審議入りした。児相の介入機能の強化を図り、虐待防止に向けた体制を整備する。学校や教委、児童福祉施設の職員には守秘義務が課される。女児の事件の後悔による。

 子供を守るための不断の法改正は重要である。予算を伴う児相の強化も喫緊の課題である。ただ、亡くなった女児の命は、現行法下でも、それぞれの関係者が救える機会は何度もあった。決してこの反省を忘れてはならない。

 審議入りに際して安倍晋三首相は「何よりも子供の命を守ることを最優先に、あらゆる手段を尽くし、虐待の根絶に向けて総力を挙げていく」と述べた。あらゆる関係者の決意としてほしい。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ