その人らしい終末医療とは 悔いのない最期を迎えるため、価値観の共有を

 帰省したとき、いつも70代の両親に聞こうと思いながら切り出せないことがある。2人ともまだ健在だが、もし最期が近づいたとき、どのような治療を受けたいのかということだ。

 先日、東京都内の病院で、腎臓病患者の女性=当時(44)=が人工透析治療の中止を選んでから約1週間後、死亡したことが明らかになった。あらためて、この話をきちんと家族としなければと思った。

 近年、終末期を迎えた患者への積極的な治療を控えることを選択肢に加える方針を、複数の医学会が次々に発表している。私がこの問題を初めて取材したのは、日本呼吸器学会が一昨年に改訂した「成人肺炎診療ガイドライン」。誤嚥(ごえん)性肺炎を繰り返し、終末期にある高齢患者らに対し、本人や家族の意思によっては、抗菌薬の投与などの積極治療を控える選択肢を示した。

 実際に、こうした選択は増えてきたという。一方で、取材で聞いた肺炎患者の声も忘れられない。家族に「楽にしてほしい」と訴えたこともあったという80代の男性は、取材時には症状が落ち着いており「一瞬そんな気持ちになることもあった」と涙ぐんだ。複雑な心境がうかがえた。

 ある専門医は「人は、レストランで食事を注文するようには、自分の医療行為の要望は決められない。年齢や周囲の状況によって意向は変化するし、それを事前に予測することはできない」と話していた。苦しみから逃れたい、家族に迷惑をかけたくない、できることなら生きたい…。さまざまな思いがあるだろう。

 そんな気持ちを受け止め、家族や医療・福祉関係者を交えて繰り返し話し合うプロセスが、英国発の「アドバンス・ケア・プランニング(患者の意思決定支援)」だ。痛みや苦しみをなくすことと延命、どちらが最優先かといった意向を聞き、意思決定ができなくなった場合に判断を託す代理人を指名してもらう。昨年、厚生労働省のガイドラインにも取り入れられた。

 本人にとっても周囲にとっても、悔いのない最期を迎えたい。そのためには、ある瞬間の発言だけを切り取るのではなく、年月をかけて何度も話し合い、揺れる気持ちの奥にある、その人らしい価値観を共有するしかない。(大阪文化部・加納裕子)

【プロフィル】加納裕子

 平成11年入社。和歌山支局、大阪整理部、大阪社会部などを経て24年7月から大阪文化部。医療や福祉、教育など生活関連の記事を主に担当。

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