【主張】子供への虐待 悲劇の連鎖を断つために

 千葉県野田市の小学4年、10歳の栗原心愛(みあ)さんが死亡し、両親が傷害容疑で逮捕された事件で、野田市教育委員会に非難が殺到している。

 心愛さんは平成29年11月、当時通っていた野田市立小学校のアンケートに「お父さんにぼう力を受けています」「先生、どうにかできませんか」などと実名で訴えていた。

 翌年1月、父親が心愛さんの同意書を持参してアンケートの開示を迫り、市教委は「威圧的な態度に恐怖を感じた」としてコピーを渡した。アンケートには「ひみつをまもります」と明記していた。学校や市教委は心愛さんの信頼を裏切り、魂の叫びを加害者側に流したのだ。批判は当然である。

 さらに悪いのは、その後の放置である。心愛さんは直後に市内の別の小学校に転校し、ここでの同様のアンケートには虐待を訴えなかった。父親に恐怖を覚えた市教委はこの変化に、その影響と大人への失望を想像すべきだった。

 心愛さんを一時保護しながら、むざむざと両親の元に帰した柏児童相談所の不作為も同様に罪は重い。彼女を救う機会は、一度ならずあったのだ。

 ただし学校や市教委、児相をいくら責めても根本的に何も変わらない。この悲痛な事件で明らかになったのは彼らの無力である。

 東京都目黒区で昨年3月、5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親の虐待を受けて死亡した事件を機に、厚生労働省のワーキンググループは児相に常勤弁護士の配置を促した。警察との情報共有、連携強化も求めている。

 児相には「支援」と「介入」という相反する機能があるが、児童福祉司の多くは介入の経験も知見も乏しい。それは学校や教委も同様である。

 日本弁護士連合会はかねて「弁護士は供給過剰で就職難」などと訴えている。そうであるなら虐待の問題に、もっと主体的に取り組んではどうか。介入には、法的な専門知識が必要である。威圧的な要求に対峙(たいじ)するため、退職警察官の採用も有効だろう。

 父親にアンケートのコピーを渡した市教委指導課の課長は「守れる命を守れなかったと思うと取り返しのつかないことをしてしまった」と頭を下げた。後悔はあまりに遅いが、彼一人の責任ではない。悲劇の連鎖を断つためのシステムの再構築が問われている。

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