【iRONNA発】不謹慎狩り 「孤人社会」と他者への不寛容 遠藤薫氏

 「不謹慎狩り」が猛威を振るっている。大災害などが起こるたびに、有名人らのSNS(会員制交流サイト)が攻撃され、誹謗(ひぼう)中傷を繰り返す。些細(ささい)な言動を勝手に「不謹慎」と決めつける異常な現象だが、彼らはなぜ「狩り」を続けるのか。

 それにしても「狩り」とは嫌な言葉だ。ある日突然「おまえは魔女だ」と名指しされ、残酷な刑に処せられる中世の「魔女狩り」を連想する。内容の是非はともかく、強者が弱者をたたきのめすイメージは愉快なものではない。

 「不謹慎狩り」という現象で、なぜ狩人たちが「強者」となり得るかといえば、「つらい思いをしている人たちに対する共感(配慮)を欠いている」という主張が、一見、抗(あらが)いがたい「正論」と感じられるからであろう。

 確かに、つらい思いをしている人たちのつらさが増すような心ない振る舞いをたしなめることは必要かもしれない。ただし、それが相手をたたきつぶすような過剰な制裁である場合、そのような行動自体が「共感を欠く」行為となる。

 ◆「炎上」は少数意見

 筆者が昨年10月に行ったインターネットモニター調査では、不謹慎狩りを含む「炎上」案件に加わったことがあると答えた人は、全体の1・4%にすぎなかった。つまり、実際には少数意見であるにもかかわらず、社会的には非常に大きく可視化されてしまう傾向があるのではないだろうか。

 なぜ小さな声が大きく響くようなことが起こるのか。それは今日のメディアの発展によるものだ。ソーシャルメディアは言ってみれば、すべての声、ありとあらゆる発言を、広い範囲に送り出す。こうした発言は、リツイートされたり、「いいね」されたりして拡声されていく。

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