【iRONNA発】ノーベル賞報道 「お祭り騒ぎ」メディアの思考停止を憂う

 □茂木健一郎氏

 ノーベル賞でこれほどバカ騒ぎする国が他にあるのだろうか。むろん、日本人の受賞は喜ばしいことだが、マスコミは受賞理由などそっちのけで、当人や家族をただ追いかけ回す。ノーベル賞狂想曲、もうウンザリです。

 人類の文明は、科学技術なしには成り立たない。そして、科学技術の大発見に導くのは、多くの場合一人一人の研究者の独創性、努力である。その意味で、ノーベル賞で科学に偉大な貢献をした方が顕彰されるのは素晴らしいことだと思う。

 ただ、日本のメディアの報道のあり方には大いに疑問が残る。日本人が受賞するとうれしいというのは素朴な心情として分かる。ノーベル賞の受賞が日本の科学力、技術力の指標になるという思いも分かる。だが、少し度が過ぎていないだろうか。

 受賞者に日本人が含まれていたときのメディアスクラム的な喧騒(けんそう)に比較して、含まれていなかったときのベタ記事扱い、短報で済ませる差異が、あまりにも大きすぎる。人類共通の課題として、科学や技術をとらえるのならば受賞者に日本人が含まれていなかったときにも、もっと報道してよいはずだ。

 ノーベル賞が注目される理由は、その選考が徹底して、公正に行われているからである。田中耕一さんが受賞されたとき、学会のインサイダーたちが驚いていたが、選考委員会はそれくらい深く徹して関連分野の業績を調べる。日本の賞が、ともすればお手盛り、権威主義、集団主義になるのとは異なる。

 ◆「サトシは女性だ」

 科学分野のノーベル賞の大前提は、査読論文という形でその業績が残っていることだが、そのような前提が成り立たなくなってきている。現代のイノベーションは、査読論文とは別の形で起こる。

 例えば、ビットコインなどの仮想通貨の基礎となったブロックチェーンの原理は、「サトシ・ナカモト」という匿名の人物により、突然ネット上に発表された。体裁は一応、一般論文と同じ形式を取っており、おそらくは査読論文を書き慣れている人物によるものと思われるが、そこに本質があるのではない。また、ノーベル賞の受賞者に女性が少ないこともしばしば問題にされる。女性の活躍はもっとあっていい。その意味で、ビットコインを提唱したサトシ・ナカモトが女性である可能性を主張する「サトシは女性だ(Satoshi is female)」という運動は注目されていい。この辺りも、日本のレガシーメディアは報道しない。

 ノーベル賞を思考停止でありがたがっているだけでは、人類の知的探求のど真ん中は見えてこない。自分自身の基準を持つことが大切である。

 ◆サッカーのパス回し

 最後に、日本人の素晴らしい資質について触れて、この稿を終えたい。以前、トヨタの工場を訪れたとき、有名な「カイゼン」の提案書についていろいろと聞いて感動した。中卒で入った方から、博士号を持っていらっしゃる方まで、みんなが平等に提案書を書く。その積み重ねで、トヨタの生産方式は支えられている。誰もスターにしない、みんなが平等である。

 科学研究は、サッカーのパス回しのようなものだと思う。ゴール近くでシュートして得点を決めた人も偉いが、パスを回してそこまでボールを運んできた人たちも、もちろん偉い。

 量子力学の観測や、時間の非対称性、生命とは何かという大命題、意識の起源、意味論の深淵(しんえん)。これらの課題は、ノーベル賞の対象にはなりにくいが、知的探求全体から見たら、むしろこっちの方が大切である。むろん少子化や格差、貧困、介護、教育…。これらの現場で直面している問題だって、ノーベル賞対象の研究と同じくらい難しい。

 日本人だからこそ、そのようなバランスの下に、ノーベル賞をめぐるさまざまを眺めることができるはずだ。レガシーメディアの方々に、奮起を促す。軽薄なお祭り騒ぎではなく、これからの人類にとって本当に必要なことは何か、本質を見極めた報道をこそ、期待したい。

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【プロフィル】茂木健一郎氏

 もぎ・けんいちろう 脳科学者。昭和37年、東京都生まれ。東京大大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、英ケンブリッジ大を経て、現在はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。著書に『脳とクオリア』『脳と仮想』(小林秀雄賞)など。

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