
コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーとは?
グランドプライズカンパニーに日立製作所
取締役会の多様性など評価

日本取締役協会 会長 冨山和彦、Grand Prize Company 日立製作所 代表執行役 執行役社長兼CEO 小島啓二様、審査委員長 斉藤惇様(KKRジャパン会長)(左から)
経営者や社外取締役、機関投資家などで組織する日本取締役協会(会長・冨山和彦経営共創基盤 IGPIグループ会長)が主催する、コーポレートガバナンスを活用した経営で健全な成長を遂げている企業を応援する表彰制度「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」。2022年度のグランドプライズカンパニーには日立製作所が選ばれた。2023年1月30日に東京・内幸町の帝国ホテルで開かれた表彰式には、小島啓二執行役社長兼CEOが登壇。「ガバナンスをしっかり作って、この先10年、20年とトランスフォーメーションし続ける会社でありたい」と語った。
コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーは2015年に創設され、今年度が8回目。経営の執行と監督の分離などの取り組みで透明性の高い経営体制を整えつつ、ROE(自己資本利益率)などの経営指標で高水準の実績を上げている企業が選ばれる。
今年度のグランドプライズカンパニーの日立製作所はコーポレートガバナンスの強化を最も重要な経営課題のひとつとして位置づけ、長年にわたって企業統治の改善を推進。12人の取締役のうち9人が社外取締役、5人が外国人である多様性の高い取締役会の構成で経営の健全性を担保してきた。また、執行部と社外取締役が徹底して議論を重ねたり、機関投資家との意見交換に力を入れたりするなど、先進的な取り組みを続けている。
また経営面では上場子会社の売却や完全子会社化でグループの体制を整理するなどして、3期平均のROEで10.0%を達成するなど、選定の基準を上回った。審査委員の伊藤邦雄・一橋大学名誉教授は表彰式で「形式から実質を地でいっている。社外取締役の構成、取締役会事務局の質の高さ、企業統治と経営戦略を融合させ、資産の入れ替えによる選択と集中により稼ぐ力に結び付いている点」を評価した。
小島執行役社長兼CEOは「子会社22社が上場していた当時は、異なるパーパスにて経営するコングロマリットだったが、中西宏明元会長が方向性を大きく変え『シングルパーパス、グローバルのワン・カンパニー』をめざした結果、指名委員会を中心に徹底して次期経営者を育成しつつ、資産を活かして成長するフェーズに入った」と語った。
今年度の表彰ではこのほか、ウィナーカンパニーに野村総合研究所と村田製作所を選出。特別賞のうち経済産業大臣賞には荏原製作所、東京都知事賞にはクボタが選ばれた。表彰式で日本取締役協会名誉会長の宮内義彦オリックスシニア・チェアマンは「日本のガバナンス改革は未だ周回遅れとの焦燥感がある。社外取締役がその職責を果たすなど、基本に立ち返ってやるべきことはまだある」と語った。
ガバナンス改革最前線
経営指標が示す安定経営
コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーの受賞企業はいずれも、世界的な潮流に沿って、自社の企業統治の在り方を不断に見直してきた企業ばかりだ。2022年度のグランドプライズカンパニーを受賞した日立製作所は取締役会の多様性や、社外取締役や機関投資家との緊密な連携に加え、取締役会の実効性を裏付ける事務局運営のレベルの高さも評価されている。
またコーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーの選考基準には安定的な収益性も含まれている。この際に評価の枠組みとして用いられているのが、資産運用会社のみさき投資が考案した「みさきの黄金比」だ。この手法に基づけば、企業が資本を調達するのにかかるコストと資本から得られる利益の水準を比較し、企業に十分な収益性があるかを判断することができる。
みさきの黄金比では資本調達のコストを示す数値としてWACC(加重平均資本コスト)を採用。WACCは有利子負債総額や支払い利息総額、株式時価総額、投資家が期待する株式の収益率などから計算される数値で、一定の資本を調達するためにどれだけのコストがかかっているかが分かる。
一方、資本から得られる利益の水準を示す指標のひとつが、ROA(総資産利益率)だ。利益を総資産(総資本)で割った値で、一定の資本からどれだけの利益を得られたかを示す。この数値がWACCを上回っていることは収益性が確保されている証といえる。
また、ROAの計算に使われる総資産の代わりに有利子負債と株主資本の合計(投下資本)を用いるのがROIC(投下資本利益率)だ。投下資本は総資産とは異なり、事業負債(買掛金など)が除かれているため、ROICは外部からの資本を効率的に使うことができているかをより正確に表すとされている。さらに利益を株主資本で割ったROE(自己資本利益率)も重要な経営指標のひとつだ。
みさきの黄金比では、各企業の財務指標で「ROE≧ROIC≧ROA>WACC」の関係が成り立っているかをチェックする。2022年度の受賞企業の中では、ウィナーカンパニーの野村総合研究所が3期平均のROEで20.1%、ROICで17.5%、ROAで14.6%という高い水準を示し、いずれもWACC(6.5%)を上回った。

※候補企業群の経営力の判定には、みさき投資の企業分析の枠組み「みさきの黄金比®」を活用しました。これは経営指標間のあるべき関係、「ROE≧ROIC≧ROA>WACC」を示した式で、左から「事業リスクに見合った財務リスクの取り方」「余剰資産を持たない経営」「資金提供者の期待リターンを上回る資本生産性」という観点を満たしているかを評価する枠組みです。
先進的なガバナンスで好業績 日本の企業統治改革のリード役に
2022年度の「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」(日本取締役協会主催)ではグランドプライズカンパニーの日立製作所のほか、ウィナーカンパニー2社と、特別賞の東京都知事賞1社、経済産業大臣賞1社も選出された。高い収益性を示した野村総合研究所をはじめ、いずれも先進的なガバナンス制度を導入し、好業績を実現してきた企業ばかりだ。1月30日の表彰式では受賞企業のトップらがさらなるガバナンス強化への決意を語るとともに、世界情勢が大きく変化する中でも収益を上げられる仕組みを構築した企業が日本におけるコーポレートガバナンスの強化をリードすることへの期待も示された。
ウィナーカンパニーの野村総合研究所は3期平均のROE(自己資本利益率)が20.1%に達した。ガバナンスの面では、取締役会が現場レベルの話よりも経営のモニタリングをより意識した運営になっていることや、経営トップ交代の際には経営チーム全体が交代するシステムを採用していることなど、企業統治の実効性を高める方策を取っている点が評価された。審査委員の中神康議みさき投資社長は「定量面、定性面ともに非常に実質的なものが優れている」と評価した。野村総合研究所の此本臣吾会長兼社長は来年度からの中期経営計画では社会価値の追及に一段と力点を置いて取り組みつつ、経済価値との両立を図るという「思い切った経営に踏み出していく」と表明。次の経営チームがチャレンジする大きなテーマになるとした。
また、もうひとつのウィナーカンパニーの村田製作所はROIC(投下資本利益率)を重視した経営を1970年代から行ってきた。3期平均のROICは15.1%という高水準で、株主資本の約4%に相当する配当を続けるなど、株主還元にも積極的だ。ガバナンスの面でも取締役会の半数を社外取締役が占めており、審査委員を務めた西村あさひ法律事務所の太田洋弁護士は「非常に堅実に企業統治の強化を図っている」と指摘した。村田製作所の村田恒夫会長は、独自の製品を供給して社会の発展に貢献するという社是が1950年代から引き継がれてきたものであるとし、「これからもますますこうした素晴らしい仕組み、風土を築いていきたい」と話した。
コーポレートガバナンスに加え、環境対応、女性活躍推進などESG活動に積極的な企業を表彰する東京都知事賞に選ばれたクボタは、気候変動関連のリスクと機会をふまえた事業戦略を立案して開示していることや、国連が提唱する「女性のエンパワーメント原則」に署名し、女性管理職比率や男性の育児休業取得率を積極的に開示するなどしている。表彰式に出席した東京都の宮坂学副知事は「我が国が成長を続けていくためにも、クボタのようなESGの実践を通じて企業価値の向上に取り組んでいく企業がさらに増えることが必要だ」と話した。クボタの北尾裕一社長は創業期の1890年代はコレラが流行しており、創業者が安心安全な水を供給するために水道管の生産を手がけたことに触れ、各時代の社会課題を解決することがクボタのDNAに刻まれていると説明。「これからしっかりとESG経営に取り組んで社会に貢献したいと思っている」と決意を示した。
経営トップの選任や後継者計画で優れた企業を表彰する経済産業大臣賞に選ばれた荏原製作所は、社長を含まない指名委員会が取締役選任議案を決定する権限を持つなど、経営の執行と監督の分離を徹底的に意識した仕組みを採用。また、6年間かけて行う社長承継計画を公表するなど、実効性の高い取り組みを行っている。経産大臣賞の審査委員である森・濱田松本法律事務所の澤口実弁護士は、荏原製作所は株主総会に際して取締役候補に期待する役割やスキルを詳しく説明する取り組みを以前から続けてきたことを紹介し、「株主に対して訴えようという気持ちが強く感じられる」と講評した。荏原製作所の浅見正男社長は「これからも取締役会の実効性強化によって企業価値を向上させていく」と述べた。
今回の受賞企業はいずれもウクライナ紛争に代表される国際情勢の急激な変化の中でも着実に企業価値を向上させたといえる。コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー審査委員会の斉藤惇審査委員長(KKRジャパン会長、元日本取引所グループCEO)は、審査の際には「企業価値が十分にあるか、あるいは企業価値を作っていくプロセスや構造を会社の中に作っているかどうかを基本的にみている」と言及。さらに反グローバリズムの流れがある中でも、資源小国で人口減少に見舞われている日本の企業にとってグローバル化の重要性は変わらない点を強調した。そのうえで「今後ともグローバルをベースとした長期的企業価値拡大に向かった施策があるかどうかが企業の評価の基本になると思っている」と述べるとともに、受賞企業が先導役となって日本の力を伸ばしていくことに期待を示した。
高まる企業業績への注目
ガバナンス強化によってこうした収益性の高い企業が増えていくことは国民生活にも大きな意味を持つ。収益力が評価される企業の株価は上昇し、個人投資家による資産運用への追い風になるためだ。岸田文雄政権は個人による資産運用を後押しするため、少額投資非課税制度(NISA)を2024年1月に拡充する方針だ。
NISAは株式などの値上がり益や配当金への課税(約20%)が免除される制度。株式や投資信託などに投資できて非課税期間が最長5年の「一般型」(毎年最大120万円)と、投資信託と上場株式投資信託(ETF)のみでしか運用できないが、非課税期間が最長20年と長くなっている「積み立て型」(毎年最大40万円)がある。2023年度の税制改正が確定すれば、いずれも非課税期間が無期限化され、投資枠も拡大される。さらに、一般型は2023年、積み立て型は2042年までの時限制度だったが、いずれも恒久化される。
また企業収益が株価に与える影響は公的年金の健全性にもつながる点は非常に重要だ。アメリカなどでは伝統的に、この観点から企業経営への関心・監視が強い。公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2022年9月末時点で、197兆円の運用資産のうち約4分の1を国内株式に投資。2022年度の上半期、国内株式の収益率はマイナス4.49%(約2兆2000億円減)だったが、企業の株価が上がればGPIFも収益を上げやすい環境となる。
こうした個人による投資や公的年金の財政状態まで視野に入れれば、多くの国民にとって企業のガバナンス強化は他人事ではないといえそうだ。
進化しつづけるガバナンスの在り方
企業業績の安定的な成長を実現するための方策としてコーポレートガバナンス(企業統治)への注目が高まっている。社外取締役の積極活用で経営を客観的にモニタリングするという定石にとどまらず、社外取締役がより効果的に活動できるための仕組みも模索されるなど、企業統治の不断の進化の重要性も意識され始めた。コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーの選考では企業統治の在り方に加え、収益性を評価するための経営指標も重視しており、健全な企業統治は好業績の裏付けになるという立場をとる。好業績は株価を通じて個人の暮らしぶりも下支えするだけに、企業統治の改善に対する関心が国民の間に広がっていきそうだ。
「現在の上場企業の取締役会の在り方が企業統治に関する歴史の終わりだと考える理由はない」。米コロンビア大学法科大学院のロナルド・ギルソン名誉教授とジェフリー・ゴードン教授は2019年に発表したワーキングペーパーで、経済や社会の環境変化にあわせて企業統治の在り方も不断に進化してくことが当然だとの立場を強調した。
ギルソン氏らはこのワーキングペーパーで新たな取締役会のモデル「Board 3.0(PEガバナンスモデル)」を提唱した。ポイントとなるのは「強化型の取締役」の活用だ。強化型の取締役は経営を監督するにあたり、経営情報を提供する社内要員からのサポートを受け、報酬は長期的な株価水準に基づいて決定される。また、キャリアアップの途上にある人材を選任することも重視。取締役が経営改善を達成して個人として評価されようという気持ちが経営参画の真剣度を高めるという。こうした経営体制は短期的な利益還元を追及する株主(アクティビスト)の圧力を退けるためにも有効だ。ギルソン氏らはBoard 3.0のひとつの形として、特定の投資家が取締役の過半数を選任する力をもつことにも触れている。
こうした取締役会をめぐる議論は日本企業の経営にも影響を及ぼしている。経済産業省は2022年7月に公表した改訂版の「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン)でBoard 3.0を紹介。「投資のプロを取締役に選任すること等により経営陣による戦略の策定・遂行を効果的に監督する仕組み」と説明した。経産省での議論では上場企業の取締役に投資家が加わることには利益相反の観点から慎重意見も強かったが、企業統治のブラッシュアップにゴールがないことに疑いはない。
既存のモデルには不十分さも
ギルソン氏らが取締役会の新たな形が必要だと考える背景には、米国で1970年代から浸透し始めた、取締役会が株主に代わって経営を監督することに主眼を置く「Board 2.0(モニタリングボード)」の不十分さがある。
Board 2.0は社外取締役の積極起用により、経営に外部の視点を取り入れることが特徴。ギルソン氏らによると、Board 2.0が米国で普及した背景には、敵対的買収を仕掛けられた際に経営判断の客観性が担保されていれば自社の主張を裁判所に認めてもらいやすくなるといった期待や、法規制を遵守するためのモニタリング体制を整えようという意図があったという。
しかしBoard 2.0は肝心の経営戦略やパフォーマンスのモニタリングには力を発揮できなかった側面もある。社外取締役は経営状況に関する十分な情報を得られるわけではなく、経営戦略立案に割ける時間にも制約があり、モチベーションが高くないケースもあるためだ。 ギルソン氏らはワーキングペーパーの中で、「上場企業の規模や事業の複雑さと同様に、上場企業の所有の在り方もこの40年で劇的に変化している」と指摘。Board 3.0はこうした変化に対応する企業統治体制を必要としている企業にとって、議論のたたき台となりえると結論づけている。
羅針盤となる受賞企業
受賞企業コメント
ウィナーカンパニー
野村総合研究所 代表取締役会長 兼 社長 此本臣吾 様
シンクタンクを源流の1つとし、コーポレート・ステートメントに「未来創発」を掲げる野村総合研究所は、コンサルティングとITソリューションによる未来社会の洞察・実現を通じて、社会課題解決と中長期的な企業価値向上の両立を目指しています。デジタルの可能性を存分に引き出し、時代に先駆けて思い切ってチャレンジするには、しっかりとしたコーポレートガバナンスの土台が必要です。今回の受賞を励みに、更なる改善を重ねていく所存です。
ウィナーカンパニー
村田製作所 代表取締役社長 中島規巨 様
この度は、コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2022のWinner Companyを受賞することが出来、大変嬉しく思います。当社が創業者時代から社是を形骸化させる事無く行動規範としている事やWACCを上回る社内金利を適用した管理会計制度等が、ユニークな取組みとして、ご評価いただけたとの事で、攻めのリスク管理の重要性を再認識しました。持続的な企業価値向上を実現するために、今後もコーポレートガバナンスの充実に継続的に努めてまいります。
特別賞・経済産業大臣賞
荏原製作所 取締役 代表執行役社長 浅見正男 様
このたびは「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2022」の経済産業大臣賞という栄誉ある賞をいただき、心から感謝申し上げます。当社は、2008年に初めて独立社外取締役を選任、2015年には指名委員会等設置会社への移行により執行と監督の分離を明確化する等、ガバナンスの重要性を意識した経営を10年以上にわたり推進してきました。本受賞を励みに、当社は今後もコーポレートガバナンスの強化・改善を継続し、実効性のさらなる向上を図ることで、ガバナンスが企業価値向上に貢献し具体的な成果を出していく「Governance to Value」を目指していきます。
特別賞・東京都知事賞
クボタ 代表取締役社長 北尾裕一 様
当社は、2030年までの長期ビジョンを策定し、「豊かな社会と自然の循環にコミットする“命を支えるプラットフォーマー”」をめざしています。その実現に向け、「食料・水・環境」の領域において事業を通じた社会課題の解決に取り組む企業として、ESGを経営の中核に据えた事業運営への転換を図っています。この度の受賞を励みに、ESG経営をより積極的に推進し、その推進の基盤となるコーポレートガバナンスの強化に日々取り組んでまいります。
冨山会長インタビュー
冨山和彦会長は語る
日本取締役協会 冨山和彦会長

コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2022の受賞企業には、優れたコーポレートガバナンスの仕組みを導入し、激しい世界市場での競争を戦い抜く実力を持った企業がずらりと並んだ。パンデミック、戦争、災害など世界的に経済の不確実性が高まる時代にあって、ガバナンスの重要性は一段と高まっている。財界の論客としてもガバナンスの重要性を説き続けている、日本取締役協会の冨山和彦会長(経営共創基盤 IGPIグループ会長)に話を聞いた。
経営危機からの復活に導いたガバナンス改革
――グランドプライズカンパニーに輝いた日立製作所のガバナンスレベルの高さをどう評価しましたか
「日立製作所はリーマンショック後の業績悪化(当時の国内製造業として過去最大の7873億円の最終赤字)で経営危機に見舞われました。その背景には、エレクトロニクス業界が破壊的なデジタル革命の直撃を受けたことがあります。このため、根底から会社を変容させる対策としてガバナンス改革を中心に据えました。改革のポイントの一つは稼ぐこと。稼ぐ力を引き上げて将来への投資に回す、すなわち資本効率を上げることを意識したものです。もう一つは同社が『ルマーダ』と呼ぶDX(デジタルトランスフォーメーション)のビジョン。これをもとにBtoBを中心にしたサービスプラットフォーム型の会社になることを目指しました。この2つのポイントで徹底的に事業のポートフォリオの入れ替えを続け、稼ぐ力やガバナンス強化の妨げとなっていた上場子会社の再編・整理も徹底的に進めました」
「こうした施策の最高意思決定機関となるのが取締役会です。事業、組織、上場子会社の整理を進められるような経営トップを選び、その意思決定を後押しするためには、やはり取締役会が重要です。同社は取締役会の過半数を社外取締役とし、しかも海外のグローバル企業の経営経験のある外国人も含めた多様かつ一流の視点・経験を持った人たちで構成しました。会社そのものを変革し、業績を向上させるという実質的な目的が先行した形でのガバナンス改革だったといえます。こうしたことが審査員の評価につながったのだと思います」

――ウィナーカンパニーの野村総合研究所はどの点を高く評価していますか
「野村総合研究所はCEO(最高経営責任者)交代の際に経営チーム全体が交代する選任プロセスがガバナンスの源になっていますが、これは、いわば『議院内閣制』のようなものです。政権交代の多い国であれば現内閣と影の内閣を比較して競わせるのに近い仕組みです。同社の業態はデジタル産業そのもので、本業で稼ぐために常にリスクを伴った投資を行う必要があります。事業の論理に基づいた経営を進めるためには財務的パフォーマンスも上げなければなりません。そうなるとCEOのかじ取りが非常に重要になり、会社として真剣にCEOと経営チームを選ぶ必要がある。自らが置かれている事業環境に忠実な仕組みであるといえます」
――もう一社のウィナーカンパニーである村田製作所はどの点を高く評価していますか
「村田製作所もデジタル革命の中で苛烈な経営環境にあり、ハイリスクでも巨額の投資を進めなければならない事業体です。一方で同社を含む京都企業の多くは借金が嫌いで、そうなると稼ぐしかありません。村田製作所はEVA(経済的付加価値)やROIC(投下資本利益率)を重視した経営が特徴ですが、特にROICは自ら稼いだ営業キャッシュフローを再投資するモデルに適していますし、事業選別を進めるための評価指標ともなります。さらに、同社や京都企業の多くは財務指標はもちろん、企業の存在意義に基軸を置いたパーパス経営も大切にしており、これがガバナンスの源にもなっています。今後は京都企業の受賞も増えていくのではないでしょうか」
――今回の受賞企業を見ていると、さまざまな危機に直面した会社がそれを糧にしてガバナンスを強化したという印象があります
「理由が2つあります。会社に大きな問題が起きたときに個人の責任で終わらせてしまうと、いずれ問題は再発します。問題には必ず構造要因があり、問題を起こした現場でなく経営構造そのものに本気でメスを入れる必要があります。また、ガバナンス改革には革命的な意味合いもあり、そのためには平時ではなく『事件』のようなトリガーがなければ進みにくいという事情もあります。受賞企業の多くはそこに気付いた会社だといえるでしょう」
経営者に必要な「クールヘッド」「ウォームハート」
――ガバナンスを機能させるために経営者に求められる能力とはどんなものでしょうか
「最も求められるのは意思決定能力、的確かつ適時に機関決定できる指導力です。事業撤退など社内の変革を進めようすると、必ず明暗が生じ社内が混乱しますが、経営者の多くはこれを嫌がります。多くの産業がDXやGX(グリーントランスフォーメーション)といった大きな変容にさらされている中で、そうした考え方では会社は生き残れません。理性的・合理的に物事を決める『クールヘッド』、そこに組織が付いてくる『ウォームハート』の両方を持ち合わせている必要があります」

――クールヘッドで判断できる立場の社外取締役に求められることは何でしょうか
「必要条件として最低限の財務会計と会社法の知識が必要です。十分条件としては取締役会の責務の中でクールヘッド側に立った仕事ができるかどうかが大切です。重箱の隅をつつくような質問ではなく、『この議案はなぜこういう成り立ちになっているのか』と議案の前提になっている与件を疑うべきです。多くの場合、そこに本当のリスクがあるからです。そうした『そもそも論』ができてこそ、取締役会の多様性が生きるといえます」
――冨山会長が唱える「CX(コーポレート・トランスフォーメーション)」経営とは何でしょうか
「日本企業の多くはDX、GXといった破壊的な変容や産業構造の変化にさらされており、構造的な変容を迫られていますが、最も変えなくてはならないのは上部構造、経営の構造です。その出発点はやはりガバナンス改革。ボウリングでいうところの『1番ピン』なので、これを倒さないと後ろのピンは倒れません。『静的』だった日本企業の多くも今後は『動態的』モデルにならざるを得ません。ダイナミックな時代を迎え、それが10年、20年と続いていきます。DX、GXによる変革のあと、さらに変容を続ける「変容力」を持つことが重要です。その頭脳、エンジンになるのが取締役会です。通常、組織は変容を嫌うので、そこで取締役会の多様性が重要になってくるのです」
日本取締役協会は、経営者、専門家、 社外取締役、機関投資家など、経営に携わる人々が日本企業の成長を目的に集まる、日本で唯一の団体です。
企業経営に携わる人々が、 コーポレート・ガバナンス(企業統治)を 充実させることにより経営の効率化を図り、日本経済の持続的発展と豊かな社会の創造に寄与することを目的としています。
コーポレートガバナンスに関する提言、ガイドラインなどの発表を行うほか、各種規準設定主体や機関投資家への働きかけを行っております。
取締役会の実効性を上げる具体的な施策として、ガバナンスの担い手である経営者・取締役の相互研鑚、取締役人材の蓄積(データベース)、人材育成(経営幹部研修・社外取締役トレーニング)にも取り組んでいます。
また、協会活動の一環として、年3回(4,8,12月)、コーポレートガバナンスについての情報・知識を深めてもらうことを目的に雑誌「Corporate Governance」を発行しています。
グランドプライズカンパニー
日立製作所 取締役 代表執行役 執行役社長 兼 CEO 小島啓二 様
この度は、栄誉ある賞をいただき、心より感謝申し上げます。リーマンショック後の経営危機を受け、日立はデータとテクノロジーを活用してお客さまとともに社会の課題を解決する、社会イノベーション事業に大きく舵を切り、ガバナンス強化と事業ポートフォリオ改革を推進してきました。今後も、ステークホルダーの皆様と対話を重ね、さらなる企業価値向上に取り組んでいきます。