筒美京平、知られざるもう一つの顔 幻のジャズ作品がアルバムに

アルバム「TOKYO SUITE/Tsutsumi Kyohei Presents for TOMA」のジャケット

歌謡界最大のヒットメーカーで、令和2年に80歳で死去した作曲家、筒美京平に、知られざるもう一つの顔があった。プライベートでジャズバンドのピアニストとして演奏していたのだ。そのバンドのために書き下ろしながら、四半世紀余り眠っていた未発表のジャズナンバーがゆかりの演奏家らにより録音され、アルバム「TOKYO SUITE/Tsutsumi Kyohei Presents for TOMA」として発売された。

ただ1人の演奏家として

筒美が生まれ育った「東京」をテーマにした未発表の5曲を核に、平成の大ヒット曲「人魚」のジャズカバーなどを加えた全9曲を収めた。

多数のヒット曲を世に出した作曲家、筒美京平

「ブルー・ライト・ヨコハマ」「木綿のハンカチーフ」など数え切れぬヒットを飛ばした筒美とジャズは意外な組み合わせだが、高校時代からジャズピアノに親しみ、高松宮殿下記念世界文化賞受賞者のオスカー・ピーターソンをこよなく愛したという。

驚くのは大ヒットメーカーとなってなお、青山学院大時代からの仲間らと組んだジャズバンドのピアニストとして、都内のライブバーで〝匿名の〟演奏を続けていた事実だ。

「名誉欲や権威欲とは無縁だった京平さんらしい」と回想するのは本作の制作者、川原伸司(75)だ。

川原は元レコード会社ディレクターで、平井夏美の作家名で井上陽水との共作「少年時代」、松田聖子の「瑠璃色の地球」などを手がけた作曲家でもある。

20代の頃から「友達もしくは洋楽情報通の〝小僧〟」(川原)として筒美にかわいがられ、退職後は招かれて仕事の窓口役を務めた時期もあった。

「茶の間に届くよう、洗練しすぎることを避けて作曲をしていた」と筒美京平のすご味を語る川原伸司=東京都千代田区(石井健撮影)

だが、その川原でさえ、ジャズ活動について本人から聞いたことはなかった。

「僕に知られたら、本業に専念してくれと文句を言われると思ったんじゃないかな」

京平さんが健在だったら

その川原に、未発表ジャズ曲を世に出したいという相談が持ち込まれたのが昨年春。青学出身のサックス奏者、苫米地義久(81)が平成11年ごろ受け取ったが、筒美の体調問題などにより発表の機会を逃したまま手元に残されていた。

川原が苫米地らゆかりの演奏家を集め、アナログ録音にこだわって完成させたのが本作だ。

「京平さんが健在だったら、こういう作品を作ったのではないか」

無欲の音楽人だった筒美京平を「目の前にいて尊敬できた、ただ一人の人」と語る川原伸司=東京都千代田区(石井健撮影)

純粋に音楽だけを愛した筒美。「唯一、尊敬できた人」という川原の敬愛の思いが込められたアルバムでもある。

LPで販売中。14日からLP未収録の1曲を加え、高音質ハイレゾの配信・ダウンロード販売も始まった。

(石井健)

「歌謡曲こそてっぺんの娯楽」亜麻色のヒットメーカー・橋本淳が振り返る作詞家人生

あなたにオススメ

©2026 The Sankei Shimbun & SANKEI DIGITAL Inc. All rights reserved.