大正15(1926)年に開館した埼玉会館(さいたま市浦和区)が令和8(2026)年に創立100年を迎えるのに当たり、大正、昭和時代の様子がわかる資料の寄贈を募る。募集するのは、当時の建物の写真やイベントのチラシ、チケットなど。埼玉会館は著名な建築家が設計するなど、建築的価値も高く、長きにわたって文化活動の拠点を担ってきた。「埼玉会館100年の記憶」を継承するため、資料が集まれば企画展示のほか、ホームページでのアーカイブの公開も検討している。
現在の建物は老朽化が進んだことで建て替えられた2代目。旧館は昭和天皇のご成婚を記念し大正15年に建てられた。計画自体は大正12(1923)年に持ち上がっていたが、同年に関東大震災が起き、建設は延期に。実業家の渋沢栄一を中心に多くの人から寄付を集め、着工に至ったという歴史を持つ。
旧館の屋上には当初、女神像が設置されていたが、裸の像が風紀を乱すとの意見が議会で出されたことから4カ月ほどで取り外されたという。制作者は不明で、現在は県立歴史と民俗の博物館(さいたま市大宮区)の中庭に置かれている。
昭和41年に建て替えられ、現在の姿となった埼玉会館は、ル・コルビュジエに学んだ前川國男が設計を手掛けた。建築の大きな特徴は「エスプラナード」と呼ばれる広場。高低差のある土地の形状に合わせるため、建物の約60%を地下に潜らせ、設計された。エスプラナードに繊細に敷き詰められたタイルは、花のような模様を見せる。
約1300人収容の大ホールは音質の良さに定評があり、音響家が選ぶ「優良ホール100選」に選ばれている。ホールには難燃性の合板が使用され、壁から天井まで切れ目なく曲線を描く、現在では非常に珍しい構造だ。
大正、昭和、平成、令和と長らく愛され続けてきた埼玉会館だが、その歴史を記録した写真は数少ないという。担当者は「会館の歴史を振り返る企画展示などができればと検討している。思い出の写真や資料などを皆さまからお寄せいただけたら」と話した。
問い合わせは、県芸術文化振興財団「埼玉会館・彩発見」担当(048・829・2471)。(山本玲)