6年ぶりの新作長編『街とその不確かな壁』が話題になった村上春樹さん。20歳の頃から愛読している。紡ぎ出される物語の吸引力はもとより音楽への造詣の深さにいつも驚く。しかもジャズ、クラシック、ロックと幅広い。
春樹さんはレコード店巡りと収集が「趣味というよりは、もう『宿痾(しゅくあ)』に近い」そうで本にはない執着があるという。やはりジャズが一番多くて次はクラシック。ジャケットに心惹かれて選ぶことが多いと書く。いわゆる名盤にほとんど興味はないというのも春樹さんらしい。
そうして収集された1万5千枚ほどあるレコードから約490枚のクラシックを紹介するのが本書である。クラシックにまったく興味がない私はジャケットの美しさに目を奪われた。
が、春樹さんが紹介してくれるのだから全て聴くことにする。同じレコードは手に入らないのでここに載っている作曲家の曲を順番にCDで聴き始めた。それでは意味がないよと言われそうだけれど、とにかく聴きながら読む。
専門用語や知らない音楽家の名前が並ぶが、そこは比喩名人の春樹さん。たとえばグルダの弾くモーツァルトに「まるで大阪のうどん屋で素うどんを食べているときのような、不思議な安心感を感じる」そうだ。世界的ピアニストと素うどん。なんとなくわかりやすい。
現在、私が愛聴している多くのアーティストたち、セロニアス・モンクや小野リサやビーチ・ボーイズは春樹さんに教えてもらった。
春樹さんがDJをつとめるラジオの音楽番組「村上RADIO」も欠かさず聴いているが、春樹さんと同じ音楽を共有できる時間を持てることに心から幸せを感じている。続編もすでに手元にあって、開かずに取ってある。
大阪府東大阪市 石川和写(49)
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