まだ肌寒い3月の甲子園球場が熱く燃え上がった。昭和54年3月11日、甲子園球場では6年ぶりとなる「阪神―巨人」のオープン戦が行われた。
スタンドには〝因縁の対決〟を見ようと4万5千人の大観衆が詰めかけた。
試合前、巨人の打撃練習が始まると、50人を超えるカメラマンの集団が一塁側ベンチから三塁側ベンチへ動いた。その先頭にいるのが小林だった。
「できればもっと早くお世話になった人たちに挨拶をしたかったんですけど」
仲間たちに〝別れの挨拶〟もできずに「阪神の人」になった小林にとって、1月31日以来、39日ぶりの再会だった。
「コバ、元気そうじゃないか。ウン、頑張れよ!」
ベンチ前で長嶋監督が手を差し出した。その顔はちょっぴり複雑そうな笑顔だ。続いて長谷川代表、高田、土井、国松…そして、守備練習を終えた王が戻ってきた。
「コバ、大変だったなぁ。でも、よくやってるじゃないか。頑張るんだぞ」
ポンと肩をたたかれた小林は緊張気味に帽子を取ってペコリと頭を下げた。
「これで肩の荷がおりました。あとはペナントレースで対戦するだけです」
試合が始まると小林は〝やじ将軍〟となってベンチに座った。
◇3月11日 甲子園球場
巨人 000 011 000=2
阪神 001 001 001x=3
(勝)長谷川1勝2S 〔敗〕西本1勝1敗
(本)竹之内②(西本)
この日の阪神の先発オーダーは―
①真弓(中)②中村勝(二)③藤田(一)④掛布(三)⑤竹之内(左)⑥佐野(右)⑦榊原(遊)⑧若菜(捕)⑨江本(投)。
試合は53年シーズン、巨人から7勝を挙げた江本が4回をノーヒットに抑える好投。2―2の同点で迎えた九回、2死走者なしで竹之内が西本からカーブを左中間へホームラン。阪神がサヨナラ勝ちをおさめた。
「クラウン時代とは違う。移籍1年目やし目立つことをやらにゃぁ、使ってもらえない。いいところで打てたよ」
プロ12年目のタケさんは、ルーキーのような喜びようだ。そして小林は―
「巨人はあまり中身がなかったですね。その点、ウチの内容は濃かった」
ウチとはもちろん阪神のこと。先輩記者によれば「少しぎこちなかった」という。(敬称略)