本を持ち寄り貸し借りしあう私設図書室の活動「まちライブラリー」が、人気を集めている。12年前に大阪市内のビルの一室で始まり、ムーブメントともいえる広がりをみせている。全国各地で、自宅、商店、大学など多様な場所に設置されたまちライブラリーはいまや1000を超えた。この仕組みを提唱して自ら始めたのが、礒井純充さんだ。
「大阪のおばちゃんのアメ」を本で
――大変な増え方ですね。どういう仕組みですか
礒井 共通の本棚に持ち寄った本を置き、本を通じて人とつながる仕組み。「大阪のおばちゃんのアメ」を、本でするというわけです。自宅の玄関に10冊並べても始められるし、貸し出しをしてもしなくてもいい。本にメッセージカードをつけて、感想を交換してもいい。やり方の自由度がとても高いのです。
――どんなところに設置されているのですか
礒井 さまざまです。設置者は個人が6割で、あとは団体や企業。自宅、カフェ、お寺、山小屋、オフィスビルや大学ほか、公共図書館に併設されたものもあります。大阪や東京近辺の都市部に多いのですが、北海道から沖縄までほぼ全都道府県に広がりました。
――なぜこんなに増えたのでしょう
礒井 近くのまちライブラリーを見て、これなら自分もできそうだと思う人が多いようです。広く知られるきっかけは平成25年、難波の大阪府立大学サテライトキャンパスにできたまちライブラリーでした。蔵書ゼロから寄贈を募ってスタートしたのですがどんどん本棚が埋まり、3年ほどで1万冊を超える本が集まりました。このときから社団法人化し、専属スタッフも置いて開設相談や運営も行っています。残念ながら公立大学への改変に伴い、府立大のまちライブラリーは今年3月で終了しました。
――いまいるここ(大阪市中央区、大型商業施設「もりのみやキューズモールBASE」)のまちライブラリーは随分大きく、キッズ・スペースやカフェまでありますね
礒井 モールを運営する不動産会社が平成27年に開設しました。これまで約100万人が来館し、同じ区内の公立図書館より利用者が多いんですよ。全国でも最大規模です。商品や機能を売るだけでなく、地域とのつながりを深め存在価値を高めたいという意識が企業にはあるのでしょう。6月に東京都西東京市にできるまちライブラリーは、都市銀行が福利厚生施設を一般開放して設置されます。
六本木ヒルズで会員制図書館
人と人をつなげる私設図書室の活動「まちライブラリー」を提唱した礒井純充さんは、かつて大手不動産会社の森ビルで教育文化事業を手掛けた。サテライトキャンパスやコワーキングスペースなど、後に普及する先進的な事業を軌道に乗せてきた。
――今年で開業20周年の六本木ヒルズなどを開発した森ビルの社員でした
礒井 六本木ヒルズ森タワー49階で「六本木アカデミーヒルズ」という大規模な文化施設を運営しました。ここに会員制図書館を作りたいと提案したんです。「もうからない」と社内で反対されたのですが、廊下のような場所に机と椅子を並べ、壁を本棚にすればできると説得しました。当時、早朝から深夜まで無線LANが使えて月6千円。約3千人も会員が集まり大成功でした。いまでいう会社外の仕事場、コワーキングスペースのはしりですね。
――六本木ヒルズは美術館もあり、従来のオフィスビルのイメージを打ち破る文化的な雰囲気がありました
礒井 創業者の森泰吉郎さんが横浜市立大教授で学部長まで務め、二足のわらじで事業を行ったという背景も大きいですね。私は緒方洪庵の適塾のようなものを作りたいと考えていた泰吉郎さんのもと、教育文化事業を担当しました。六本木ヒルズの前の事業、アークヒルズにサテライトキャンパスを設けました。都心での大学や工場の新設は厳しく規制されていた時代ですが、慶応大湘南藤沢キャンパスにある大学院の東京分室として開設した。当時の行政にはお叱りを受けましたが規制はその後撤廃され、いまではサテライトキャンパスは当たり前になり大学の都心回帰も進んでいます。
――先進的なプロジェクトを手掛けたのですね
礒井 六本木アカデミーヒルズは社内的にも注目を集める事業になったのですが、そうなると規模拡大や効率性など数字の追求がどんどん求められるようになってきました。収益を求めようとすればするほど事業を回すことに必死になり、利用者との人間的な接触がなくなる。不本意な新規事業を担当させられるなど、会社の都合に振り回されるのもいやになってきました。
――まちライブラリーの立ち上げはその後ですね
礒井 サラリーマンとしての逃げというか第一線の現場からはずれ、森記念財団という町づくりの研究部門に出向させてもらいました。当時、若者たちが参加する勉強会に顔を出すなどして新たな出会いもあり、まちライブラリーのアイデアが浮かんできたのです。大阪・天満橋で父が営んでいた会社の跡のテナントビルで、本を持ち寄り学び合う場を設けました。これは会社とは関係がない個人の活動です。最初はテナントさんの建築家やIT系の人らに声をかけ、持ち寄った本にメッセージをつけて本棚に置き、自由にかりることもできるというかたちにしました。当時は少しひろがればいいな、というくらいに思っていたのですが、口コミで伝わり、次々と同じようなものができてきました。
ゆるい関係性が時代とマッチ
12年前に大阪で始まった私設図書室の活動「まちライブラリー」が、全国に広がって1000超にもなったのは一種の社会現象といえる。提唱者の礒井純充さんは自身の活動を博士論文にまとめ、学術的な考察も行ってきた。
――まちライブラリーをはじめたあと大阪府立大大学院に学び、経済学の博士号を取られていますね
礒井 府立大にまちライブラリーができた縁で、当時の学長に活動を論文として形にしなければだめだと励まされ、大学院に入り論文も書きました。内容は本を使った場のつくりかたや、個人の力を社会活動に生かすための方法論です。
――オンライン全盛のいまの時代に、コミュニティー活動のようなまちライブラリーが人気を集めるのは不思議な気もします
礒井 個性的なカフェやゲストハウスが多くできていますが、それらと底流でつながるものがあると思っています。まちライブラリーという形を使えば、手軽に本を通して自分の個性を表出したり、居場所をつくったりできる。グローバル化やバーチャル化が進む一方で、スモールワールドへの欲求も増している。リアルな世界の皮膚感覚がほしいのだと思います。
――皮膚感覚ですか
礒井 人間は20万年前のホモ・サピエンスから生物としては進化していないのに、スマートフォンを扱う事態になりました。イギリスの人類学者ダンバーによると本当に親しい関係を築けるのは5人、何らかのつながりを持てるのは150人ほどが限界だといいます。生物的には相当無理をしている。だから、肌ざわりやにおい、雰囲気といった皮膚感覚がやはり必要で、まちライブラリーは欲求に合うのでしょう。
――本は「アメ」だという説明が印象的でした
礒井 アメひとつで打ち解けて会話がスムーズになる。あれは大阪のおばちゃんのすごい発明ですね。それと同じように本を使って殻を破り、人と人の関係をつくっていけるということです。まちライブラリーの本にはメッセージカードをつける仕組みがあります。これによって作者と読者、読者と読者がつながる。商品として売りっぱなしになった本に付加価値が加わり、新たな作品になるともいえるでしょう。
――海外でも私設図書室の活動は人気だそうですね
礒井 「まちライブラリーのつくりかた」という私の本は、韓国語でも翻訳されているんですよ。アメリカでは、巣箱のような本棚を庭先に置いて貸し出す「リトルフリーライブラリー」という活動が2009年に始まり、世界中で15万カ所以上に広がっています。活動を提唱してウィスコンシン州の自宅で始めたトッド・ボルさんに日本で講演してもらったことがあるのですが、ライブラリーを通じた触れあいが楽しいと感じているひとが多いといいます。仕事関係でも家族でもない、利害関係が伴わないゆるい関係性を求めるひとは多い。私が斜めの関係性と呼ぶそれは、個人の幸せ度を高めるのです。
いそい・よしみつ 昭和33年、大阪市生まれ。一般社団法人まちライブラリー代表。中央大文学部卒業後、大手不動産会社の森ビルに入社。サテライトキャンパスや会員制図書館など先進的な教育文化事業を軌道に乗せ、取締役広報室長などを歴任した。平成22年、森記念財団に出向。本を通じて人がつながる私設図書室の活動「まちライブラリー」を提唱し、23年、大阪・天満橋の実家ビルに第1号を設置した。活動を社団法人化し、サポートや運営を行っている。まちライブラリー登録は今年3月、1000を超えた。