手元に手書きの地図がある。今月2日、取材を終えキーウを出発した寝台車で同乗したミコラ君(9)がくれた。母親と避難先のポーランドに戻る途中だった。フランスに戻る別の女性の通訳でミコラ君と会話した。キーウに残る父親に会いに来た帰り。簡単な日本語を教えると「お礼に」と目の前で描いてくれた。
地図は露軍が占領する東部ドネツク、ルガンスク両州や南部クリミア半島が、占領されていない他の州と同じ色で塗られていた。すべて国境の赤線の内側に描かれている。マリウポリやキーウ郊外ブチャなど、攻撃で大勢の犠牲者が出た8つの都市にはオレンジ色の砲弾マークが塗ってある。
ミコラ君は想像で絵を描くのが好きで、キーウ地下鉄の未来の路線図も見せてくれた。「地理学者が夢」と母親のザルコウさん。東京メトロの路線図を携帯で見せると「信じられない」と目を丸くした。夕日が差す客室が笑いに包まれた。
昨年2月の開戦後、海外に逃れたウクライナ人は800万人超。5週間の出張を終えた帰路、その人たちと乗り合わせたのは不思議な縁だ。米国に戻り地図の裏側をみたら「プーチン最悪」と書いてあった。子供たちの未来を奪う独裁者の野望とは何なのか。赤鉛筆で引かれた国境が現実となる日を願った。(渡辺浩生)