本にまつわるエッセーを募集し、夕刊1面とWEBサイト「産経ニュース」などで掲載している「ビブリオエッセー」。皆さんのとっておきの一冊について、思い出などとともにつづっていただき、本の魅力や読書の喜びをお伝えしています。4月の月間賞は奈良市の堀川明日香さん(21)の「いのちのまつり『ヌチヌグスージ』」に決まりました。丸善ジュンク堂書店のご協力で図書カード(1万円分)を進呈し、プロの書店員と書評家による選考会の様子をご紹介します。(選考委員:丸善ジュンク堂書店顧問の福嶋聡さん、書評家・京都芸術大学准教授の江南亜美子さん)
「目に浮かぶ絵本での表現」(福嶋さん)、「個人的な部分も無理なく」(江南さん)
--新年度に入りました。4月分です。
福嶋 今回は若い人のエッセーが多く、楽しく読みました。また、探してくださったのか、珍しい本もいくつか登場していて、それもうれしかったですね。
江南 いま赤江瀑(ばく)の名や、『ドリアン・グレイの肖像』を福田恆存(つねあり)の訳で読んだというエッセーがあると、書物の命の長さに感じ入ります。また、21歳の男性が菊池寛の『恩讐の彼方に』を読まれてましたね。アニメで知ったそうで。
--近年公開された劇場版アニメで、副題に「恩讐の彼方に」とあるんです。本自体も菊池寛も知らなかった大学生が、それをきっかけに読んでみたら読みやすかったということでした。
江南 本との出合いの入り口はどこにあるかわからない。おもしろいです。いくらアニメで知ったとしても、実際に本を手に取り読むのは好奇心のジャンプ力が必要で、すばらしいですね。私は『同志少女よ、敵を撃て』もいいと思いました。18歳の女性であるエッセーの筆者が、同世代の女性狙撃兵という登場人物に心情的にひかれた部分がきちんと書かれていました。
福嶋 私としてはもう少し書きこんでほしかった部分はありますが、相対的にはうまく書けています。なんとなくあらすじを追うのではなく、印象的なシーンをパッととらえて書き出す。それによって本のムードを伝えています。
江南 フィクションとして書かれた物語の感想だけでなく、本当の平和という大きな結論まで思索がのびていくのですが、そこに無理がない。本と現実との橋渡しがなされています。戦争を描いた小説には女性読者が少ないというのが通説ながら、この本はウクライナ問題の勃発もあり、本屋大賞を受賞しましたね。18歳の女性がそれを読んでエッセーを書いてきてくれる、いい化学反応が起きている気がします。
福嶋 『老年の読書』は、92歳という筆者の年齢を見てリアリティーを感じました。「あと何冊読めるか」という言葉に重みを感じながら。
江南 出てくる本のタイトルも重厚で、読書によって知の地層を作られた人なのだなと改めて思いました。他のエッセーとは格が違う感じがしますね。
福嶋 『いのちのまつり「ヌチヌグスージ」』もよかった。ビブリオエッセーで、絵本は絵の表現が難しいという話をたびたびしていますが、これは「ご先祖さまの顔、顔、顔…」といった表現が目に浮かぶようで、上手な書き方だなあと思いました。
江南 「いのち」の継承や先祖の存在への感謝といったわかりやすいメッセージですが、それを絵本でどう表現しているか。想像できるように説明しています。
--『同志少女よ-』か『いのちのまつり-』といったところでしょうか
江南 文章力という点では『同志少女よ-』の方が高いと思うのですが…。
福嶋 『いのちのまつり-』のテーマは概して説教臭くなりそうですが、このエッセーではそうなっていないのがいい。
江南 「私の家では…」と個人的なエピソードも無理なく書かれているところも評価できますし。いいですね。
--では「いのちのまつり-」で
<作品再掲>
デイゴの花咲く春に
「ぼうやにいのちをくれた人は誰ね~?」「ねえ、おばあさん、ぼくのご先祖さまって何人いるの?」
これは島にやってきたコウちゃんと島のオバアの会話である。舞台は沖縄。墓の前では先祖供養のまつり「ヌチヌグスージ」が行われていた。三線(さんしん)の音に合わせて歌い、踊る人々。夏を思わせる太陽のもとで虹色の魚たちが泳ぎ、デイゴの真っ赤な花が咲く春。二人の会話と親しみやすい絵を通して、この絵本が伝えたいものは。
冒頭の問いにコウちゃんは「お父さんとお母さん?」と答えるがオバアは「だけどさぁ~、お父さんとお母さんにいのちをくれた人がいなければ、ぼうやは生まれてないさぁ~ね」と先を促した。
そこで自分のご先祖さまが何人いるか数えていく。まずはお父さんとお母さんにいのちをくれた人が4人、おじいちゃんとおばあちゃんにいのちをくれた人が8人、それから16人、32人…。圧巻は折りたたまれた見開きのページに登場するご先祖さまの顔、顔、顔…。
私の家では毎年、盆になると家族全員で迎え火をしてご先祖さまを迎え、墓参りをして、お供えをする。そして最終日は送り火で見送っている。幼いときからの慣例だが、ご先祖さまというぼんやりしたイメージはあっても深く意識したことはなかった。
将来は保育士を目指している私は子供たちにこの絵本を読み聞かせたい。生命の壮大な歴史や時間を見開きのおびただしい顔たちで感じ取ってほしい。
「いのちをありがとう~!」。コウちゃんが空に向かって叫ぶ最後の場面だ。目には見えないが数えきれないほどいるご先祖さまの誰ひとり欠けても自分は生まれてこないのだ。「いのちのつながり」という大切な物語を思い起こさせてくれる。
<喜びの声>奈良市 堀川明日香さん(21)
幼い頃に読んで以来、この絵本とは久しぶりの再会でした。ご先祖さまの顔で埋まったページはやはり感動です。沖縄に行ったことはないのですが、そこのおまつりがわが家の先祖供養と本質は同じなんだと気づき、感慨深かったです。先日の掲載紙を見ておばあちゃんが「今度ごはんに連れて行ってあげる」と約束してくれましたが月間賞と聞けばもっと驚くでしょうね。今の私はライトノベルが中心の読書ですが絵本の魅力も再発見できました。