論壇時評

6月号 G7サミットと「戦後」の終わり 文化部・磨井慎吾

産経ニュース
G7広島サミットで記念写真に納まる(左4人目から)バイデン米大統領、岸田文雄首相、ウクライナのゼレンスキー大統領ら各国首脳=21日午前、広島市(代表撮影)
G7広島サミットで記念写真に納まる(左4人目から)バイデン米大統領、岸田文雄首相、ウクライナのゼレンスキー大統領ら各国首脳=21日午前、広島市(代表撮影)

国際的に注目された先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が閉幕した。明確なメッセージ性を持つ政治的イベントが次々に実現し、事前の想定を上回る大きなインパクトを内外に残したといえる。

特にかつて連合国と枢軸国に分かれて戦った歴史を持つG7首脳が、原爆を投下した当の米国の大統領を含めて広島平和記念資料館を訪問し、共同で慰霊碑に献花したこと。その上で、現在まさに核恫喝(どうかつ)を交えて侵略戦争を行うロシアに徹底抗戦しているウクライナ大統領ゼレンスキーが広島に直接降り立ち、「ロシアを最後の侵略者にしなければなりません」「この侵略者だけでなく、戦争そのものの野心を敗北させなければなりません」と訴えたことは、第二次大戦後という時代がいよいよ終わり、国際社会が新たな枠組みで動き出していることの象徴となる出来事といえよう。

今月号の各論壇誌の中で唯一、G7広島サミットに狙いを定めた大特集「歴史的転換点の日本外交」を組んでいたのは「Voice」だった。

西側自由主義国の結束が強調された今回のサミットだが、そこで日本が示した「価値観外交」は、昨日今日に始まったものというわけではない。政治外交史研究者、奈良岡聰智(そうち)の「日本近代史に見る『価値観外交』と課題」は、「通常イメージされるほど、日本外交は現実主義一辺倒だったとは思わない。むしろ、今日の西側欧米諸国を支える価値観を積極的に受容し、重視してきたという意味では、相当程度一貫性があると考える」として、明治以降の日本外交の流れの上に現在の「価値観外交」を位置付ける。

日清・日露戦争をはじめ明治後半から大正期にかけては、欧米列強と共通の自由主義的価値観を持つことを強くアピールしていた日本外交は、昭和戦前期に独善的方向に逸脱して破綻したものの、敗戦後は西側先進国との価値観を共有する路線に立ち戻った。「戦後の外交指導者の言葉からは、日本が西側陣営に属してきたのはたんなる対米追従やプラグマティズムだったのではなく、西側諸国と共通の国益のみならず価値観を有するがゆえであったことが浮き彫りになる。この点では、日本の基本的立場は冷戦後も大きく変わっていない。今世紀初頭から積極化した『価値観外交』は、こうした営みの延長線上にある」

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日本外交のいわば「正道」ともいえる価値観外交だが、その価値観を共有しない非欧米諸国との関係においては課題が残る、と奈良岡は指摘する。そして世界全体に占めるG7の力は相対的に落ちており、「グローバルサウス」と呼ばれる非欧米諸国との関係構築はかつてよりずっと重要になっている。

同じく同誌から、中東研究者の池内恵による「『多極世界』の誘惑に揺れる中東」は、中国の仲介による今年3月のサウジアラビアとイランの電撃的な国交正常化など、米国の存在感が薄れつつある中東で進む地域大国主導の新秩序形成を、「日本が日米関係や西側陣営としての立場を守りそれを生かしながら、どうやって中東での死活的な利益を確保していくか」という視点で読み解く。

恐れるべきは、米国の「中東離れ」が進む中で、中国が同地域で影響力を広げた結果、日本の生存に不可欠な中東の石油や天然ガスが得にくくなる事態である。そのためには、中東主要国間の関係について「日本が介在し、インドや米国やオーストラリアといった『インド太平洋』につなぎ、中東諸国の中国への過度の依存を避け、開かれた広域秩序を中東地域に形成していく」創造的関与が必要だと池内は説く。いまだに「反米国」「親米国」のような軸で中東情勢を理解しようとする日本国内の認識に、池内はきわめて批判的だ。

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G7広島サミットのテーマの一つが、核軍縮だった。「アジアの平和と核秩序を考える」(同誌)では、国際政治学者の岩間陽子が、米国と並ぶ2大核超大国であるロシアがその立場に応じた責任を放棄して核恫喝を伴う戦争を始めたことと、中国の大規模な核軍拡により、冷戦期以来の核秩序が大きな打撃を受けていると論じる。この状況下で、平和のためにできることは2つ。防衛力整備による抑止と、対話と外交による偶発的戦争の危険の管理だ。ただし、米ソ冷戦下で軍備管理や軍縮交渉が実を結ぶまでには、ある程度の力の均衡とリーダーシップ、そして膨大な時間と労力の蓄積を必要とした、と岩間は指摘する。

安全保障政策専門家である村野将(まさし)の「独自核武装より現実的抑止力強化を」(「正論」)も、中露や北朝鮮の動向などから「『核兵器のない世界』とは真逆の、『軍備管理のない、新たな核軍拡の世界』の到来に備えることを余儀なくされている」として岩間と共通する認識を示した上で、核戦力バランスの変化を受けての米国での核軍拡論の高まりを紹介する。

現在、特に日本にとって脅威となっているのが、中距離核戦力(INF)全廃条約に拘束されない中国が大量に保有する中距離ミサイルだ。そのため目下「反撃能力」の整備に追われているわけだが、それに関し岩間が参考事例として挙げる1979年の「北大西洋条約機構(NATO)の二重決定」は興味深い。その内容は「ミサイル配備計画を提示しつつ、軍備管理提案をも行う」というものだ。つまり軍拡の前に相互的軍備制限に応じる意思表示をしておくことで、際限のない軍拡競争に歯止めをかけようとする試みなのだが、その前提には当然、強い相手を軍縮交渉のテーブルに着かせるのにはこちらも相応の実力を要するという力の論理がある。そうした抑止力の必要性を認めつつ、なお軍縮に向けて歩みを進めることは、ただ反核や平和の理想を叫ぶよりもずっと複雑で困難な作業である。だが、その作業を経ない限り、ついに理想は夢想で終わってしまうだろう。(敬称略)

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