5月3日の憲法記念日には、各紙が護憲・改憲を訴えた。また9日のロシアのプーチン大統領による対独戦勝記念日演説については、朝日新聞が「プーチン大統領はただちに戦争をやめ、兵をウクライナから引かねばならない」と論じている。もちろん平和の理念が大切なことについて異論はない。しかし安全保障の問題は理念だけでは解決しないことも事実だ。憲法9条があるからといって、日本を取り囲む中国、ロシア、北朝鮮といった国々が有事に日本を見逃してくれるとは到底思えない。そうなると日本を守るための現実的な安全保障の観点が必要になってくる。
永世中立国であるスイスは、平和国家だから中立というわけではなく、自らをハリネズミのように武装化することで、外国からの侵略を抑止している。よく知られているようにスイスは国民皆兵制であり、各家庭にはいつでも戦闘が行えるように小銃が備えられている。また国民全員分の核シェルターを完備しており、常に侵略に備えている。ここまで実力をそろえることで、ようやく国際社会はスイスを中立国と認めてくれるのだ。しかしそのスイスですら、近年は国連に加盟し、ウクライナ戦争においては対露経済制裁に加わったり、現在はウクライナへの武器輸出すらも検討されているので、純粋な中立とはいえなくなっている。そこには中立という理念と現実の間で揺れ動くスイスの苦悩が垣間見える。
片や日本では平和主義の理念が先行しており、具体的にどう国民の生命や財産を守っていくのか、という議論が希薄な印象を受ける。仮に守りに専念するとすれば、0.02%という世界的に見ても異常に低い核シェルター保有率を100%に近づける、というところから始めないといけない。日本は核保有国3カ国に囲まれている上、自然災害が多いにもかかわらず、シェルターの類いは全くといってよいほど普及していない。
ウクライナ戦争においても、「平和のために」プーチン大統領が撤兵の決断を下すことなどあり得ない。そんなことをすれば、ロシア国民に動揺が広がり、来年3月の大統領選も危うくなってしまう。戦争を終結に導けるのは軍事力によってであり、中途半端な和平は将来の戦争の芽となる。もし本気でロシアを撤退させたいのであれば、日本もウクライナに対する軍事支援の検討が必要だ。平和の理念を唱えるのは良いが、現実の戦争に対し何も対応しないのであれば、それは「ダチョウの平和」と揶揄(やゆ)されるだろう。
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小谷賢
こたに・けん 昭和48年、京都市生まれ。京都大大学院博士課程修了(学術博士)。専門は英国政治外交史、インテリジェンス研究。著書に『日本インテリジェンス史』など。