中高生を対象にした研究で、手書きで漢字を書く力が文章作成能力の向上に「独自の貢献」をしていることがわかった。京都大学大学院医学研究科の大塚貞男特定助教らの研究チームが論文で発表した。小学校からスマートフォン、タブレット端末、パソコンなどを教育に取り入れる動きが強まっているが、手書きで漢字を習得する機会の減少は生徒らの文章作成能力に悪影響を与えかねないため、研究チームはデジタル機器の導入には慎重な議論が必要だと訴えている。
大塚氏らはこれまでの研究で、漢字能力が「読字(正確に読む)」「書字(正確に書く)」「意味理解」の3つの側面から成ることを明らかにした。また、2006年のデータと比較して2016年の成人の書字の力が「特異的に」低下したと報告している。
今回の研究では、日本漢字能力検定(漢検)の準2級または3級と、文章読解・作成能力検定(文章検、ともに日本漢字能力検定協会)の3級または4級の両方を、2019年10月から2020年2月にかけて受験した中高生719人のデータを解析。漢検と文章検の3級を受験した161人のデータを抜き出して、漢検の成績から読字・書字・意味理解の得点を、文章検の成績から文章読解力・文章作成能力の得点を算出することで、それぞれの関係性を調べた。
漢検の成績を解析したところ、読字の能力が書字と意味理解の能力を支えていて、書字と意味理解は相関関係にあることがわかった。
漢検と文章検定の成績との関係性については、意味理解が文章読解力に、書字が文章作成能力にそれぞれ影響していることが判明。文章読解力は文章作成能力とつながっていて、意味理解の能力は文章読解力だけでなく、間接的に文章作成能力にも影響する格好になっていた。この結果だけでは、文章作成能力の発達に書字が必須かどうかを言い切ることはできなかった。
そこで研究チームは「漢字の読字と意味理解を十分に習得すれば文章作成のための漢字能力は事足りる」と仮説を立てて、意味理解が文章作成能力に直接影響すると想定して研究を進めたが、この仮説の正しさを証明する結果は得られず、文章作成能力の発達には書字と意味理解のどちらも必要だということがわかった。この点について大塚氏は「漢字の意味理解は、文章読解力を介して文章作成能力に影響することがわかりましたが、その一方で、書字の文章作成能力への直接の影響力に取ってかわることはできないことが明確に示されました。漢字の書字の力が、文章力の発達に独自の貢献をしていることを示す知見です」と説明した。
また、大塚氏は2021年、異なる方法を用いて大学生の書字の力と文章作成能力は密接な関係にあることを示しているが、今回の研究で各能力の構造的関係性を特定することができたという。
漢字の手書きが文章作成能力につながるという研究結果は、子供のうちからスマホなどを利用している世代は手書きのトレーニングをする時間が短くなり、文章作成能力の発達に悪影響が生じる恐れがあるという問題を浮かび上がらせる。大塚氏らは、「学校教育、特に読み書き教育におけるデジタルデバイスの導入については、その目的や適切な利用方法、効果検証の方法などを注意深く議論していく必要があると言えます」と警鐘を鳴らした。今後については、漢字学習が言語・認知能力や脳神経ネットワークなどに及ぼす効果を検証することが課題になるとしている。