自然災害時の避難指示に、同じ地域の住民らが「すでに避難した」と付け加えることで避難行動が促進されるとする論文を千葉大学の研究チームが発表した。先入観などにより判断が非合理的になる心理現象「認知バイアス」の一種で、周囲と同じ行動をとる「同調バイアス」の働きが関わっているという。
沈みゆく船から海へ飛び込むよう、船長が各国の乗客らを説得する「沈没船ジョーク」という笑い話がある。米国人には「飛び込めばあなたはヒーローだ」、英国人には「紳士はまっさきに飛び込むものです」、ドイツ人には「規則で飛び込むことになっています」などと、それぞれの国民性のステレオタイプに合わせて呼びかけるのだ。日本人には「皆さんはもう飛び込みましたよ」。ともすれば周囲に流されてしまう国民性を上手く皮肉っている。
「周囲に流される」という性質はネガティブにとらえられがちだが、大勢が統制の取れた行動をするときには役立つようだ。地下街での避難行動実験などの先行研究では、同調バイアスの有効性が示唆されたという。同大の研究チームは、自然災害発生時にも同調バイアスが避難行動に影響するかを調べる実験を行った。
実験では、エリアメールのように「土砂災害が発生したため避難してください」などと呼びかける文章を、パソコンと繋いだディスプレーに表示して20人の参加者に読ませた。地震や突風について警告するパターンもあり、いずれも末尾に「対象地域のほとんどがすでに避難をしています」「対象地域の方がすでに避難をしています」「避難所がすでに開設されています」などの情報が書かれていた。避難指示の文章を提示した後、さまざまな災害現場の画像を見せて、危険度と避難の必要性を7段階で評価させた。
実験の結果を分析すると、「対象地域のほとんどがすでに避難をしています」「対象地域の方がすでに避難をしています」という文章を読んで他者との同調を促された場合、被災状況が低・中程度の画像を見ると、危険度と避難の必要性を高く評価する傾向がみられた。
特に被災の程度が低い画像を見せたとき、与えた情報によって反応に顕著な違いがみられた。「避難所がすでに開設されています」と知らされていた参加者らは避難の必要性を低めに評価したが、「対象地域のほとんどがすでに避難をしています」と知らされていた参加者は避難の必要性を高めに評価したという。
個人の防災意識や被災経験なども加味して分析すると「災害への関心」「他者指向性(他者との連携に積極的な傾向)」「被災状況に対する想像力」が強い参加者ほど同調による影響を受けて、避難の必要性を高く評価していた。
結果を受けて研究チームは、災害時のエリアメールに「他者の避難に関する情報」を含めると住民らは避難の必要性を高めに判断する可能性があり、特に危険度が低い災害で顕著な効果を示すと結論づけて、「同調バイアスの特性を利用することが避難行動を促進するのに有効」であることが示唆されたとしている。また、研究成果を応用できるシチュエーションとして、大雨で川が氾濫する危険性があるものの、被害が出ていないので避難するか判断できない場面を挙げた。