さあ、小学6年生のとき以来、ほぼ半世紀ぶりに「10時打ち」に挑戦だ。
当時は山陽新幹線が、まだ岡山までしか開通しておらず、濃紺の車体からブルートレインと称された「あさかぜ」など寝台特急列車が全盛だった時代。大阪と青森を結んでいた「日本海」など人気列車は、夏休みともなると午前10時のかなり前にみどりの窓口に並んでいなかったら予約できなかった。
あのときは、関西と九州を結んでいた特急「明星」のB寝台下段をとるため神戸駅に朝早くから並んだ(学校を休む度胸がない小心者だったので、たぶん日曜だったはず)。
「明星」はブルートレインではなく、昼夜兼行の583系電車で運用されていた。
クリーム地に濃く太い青の帯をまとった車体は、スタイリッシュで旧型客車愛好家の私でさえ心ときめいた。
ではなぜ下段に固執したのか。583系のB寝台は3段式で、下段は広い上に窓が大きく、狭苦しい中・上段とは雲泥の差があった。苦心惨憺(さんたん)の末、キップを買えたときの喜びは、今も忘れ難い。我が人生で、数少ない成功体験の一つだ。
「サンライズ瀬戸・出雲」に使用されている285系電車は、583系電車のただ一つの跡継ぎでなんとも因縁めく。
さて、昔取った杵柄(きねづか)とはいえ、あれから半世紀もたったいま、「10時打ち」の環境も変わった。当方も夢も希望も体力もあった当時とは違い、階段を上るのさえためらってエスカレーターを探す還暦男となり、長時間の行列待ちは命にかかわる。
しかも並んだはいいが、「売り切れです」と駅員さんに冷たく突き放されたらどうしよう。
ネットで情報を収集してみると、「みどりの窓口」自体が、JR各社の合理化で減っており、「10時打ち」ができない駅も増えたという。端末を扱う駅員の技量も成否を左右し、「できる駅員さん」に当たるのは運次第なんだとか。
胸がドキドキしてきた。鉄道のことなら何でも知っているサンケイ君だって、肝心なときに寝坊するかもしれない。
賢明な読者の皆さんの中には、「新聞記者なんだからJRに頼み込めばいいじゃないか」とお思いになった方もおられるだろうが、それはできない。
前シリーズで先刻ご存じの通り、意図的に書いているつもりはないのだが、鉄道会社でも登場人物でも自然と悪口になっている場合があるらしい。まったく筆者の不徳の致すところだが、便宜を図ってもらったら、何でもかんでもヨイショしたくなるのが人情である。
それでは元祖・阿房列車の作者、内田百閒先生に相済まぬ。
記者は食わねど高楊枝。決死の覚悟で翌朝は「みどりの窓口」に並ぶ腹を決めた土曜夜、奇跡が起きた。寝る前にスマホを取り出し、JR西日本の「e5489」サービスで検索すると、なんと3月某日土曜のB寝台シングルが2枚空いていた。昼間検索したときは満席だったのに。どうやら夜になってキャンセルが出たらしい。
阿房列車では、A寝台に乗るのが掟(おきて)だが、不確実な成功より目先の2枚だ。さっそく確保し、サンケイ君には作戦中止と出発の繰り上げを伝達した。
だが、好事魔多し。この続きは、明日のこころだぁ!(乾正人)