肉体が疲労した後に眠気が訪れる仕組みを明らかにしたとする論文を、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構客員教授で東京大学大学院理学系研究科教授の林悠氏らの研究チームが発表している。2014年にノーベル賞の登竜門ともいわれる米国の医学賞、ラスカー賞を受賞した京都大学の森和俊教授が発見した「小胞体ストレス応答」という細胞の働きと関係があったという。眠気を制御する方法や、効率的な疲労回復法の開発に応用できる可能性があるとしている。
睡眠について研究する学者らは、睡眠と覚醒の繰り返しを「ししおどし」に例える。竹の筒に水が注がれているときが起きている状態、筒が傾いて水を外に流すときが眠っている状態だという。しかし林氏によると、この水に相当する“眠気のもと”が何なのか分かっていなかった。
また、疲れたら眠くなるという現象は当然のことだと認知されているが、疲れが睡眠を引き起こすメカニズムについても明らかにされていなかった。研究チームはまず、「C.エレガンス」と呼ばれる体長約1ミリメートルの線虫を用いた実験で、人間などの哺乳類にも存在する「sel-11」という遺伝子が睡眠時間にかかわることを突き止めた。
続いてマウスで実験を行ったところ、sel-11の相同遺伝子(祖先が同一で類似性が高いと考えられる遺伝子)の働きを阻害すると睡眠が増えることが分かり、研究チームは哺乳類の体内でもsel-11が睡眠調整にかかわっていると判断した。また、sel-11は脳などの神経細胞だけでなく、皮膚などの表皮組織でも働いていることも分かった。
sel-11には細胞内の小胞体で一定の割合で生じる「不良品タンパク質」を分解する役割がある。研究チームは、表皮などの末梢組織でsel-11の機能が低下して不良品タンパク質が蓄積する「小胞体ストレス」が起きた場合について詳しく調べた。
小胞体ストレスの状態が悪化すると、その細胞は死んでしまう。そのため細胞には、タンパク質の合成を抑制し、不良品タンパク質を除去するなどして状況悪化を食い止める「小胞体ストレス応答」という仕組みが備わっている。林氏たちの研究チームは、細胞内のタンパク質「PERK(パーク)」が小胞体ストレスを検知して、これ以上タンパク質を作らせないように別のタンパク質「eIF2α(イーアイエフツーアルファ)」をリン酸化させると、このリン酸化したeIF2αが脳の睡眠中枢に働きかけて睡眠を促すという一連の流れを発見した。
小胞体ストレスは睡眠不足、運動による疲労、疾患で増加することから、研究チームは「睡眠は、疲労や疾患によって全身にたまった小胞体ストレスを解消するための状態であると考えられます」と結論づけている。林氏も「脳の(神経細胞をつなぐ)シナプスに疲れがたまって睡眠を誘発するという先行研究はあったが、末梢神経ですらない、表皮などの末梢組織で働くeIF2αが関係していることが分かったことは新しい発見だ」と述べた。
また、小胞体ストレスが関与する糖尿病、パーキンソン病、アルツハイマー病などの疾患と、加齢に伴うeIF2αの機能低下でも睡眠の異常が起きうるとして、今回の研究結果が患者や高齢者の睡眠問題解決につながるだろうと期待感を示した。