海外から国内に違法な薬物を密輸する事件が後を絶たない。新型コロナウイルス禍で海外との往来が減少し、一時は目減りしたが昨年は税関による摘発が3年ぶりに1千件を超えた。個人郵便を装い密輸するケースも目立つが、その摘発で用いられるのが、「コントロールド・デリバリー」という手法だ。発見段階で押収せず、荷物をあえて〝泳がせ〟、受取人らを摘発するものだ。犯罪組織の一網打尽にもつながるとされるその手法の「特性」や「課題」を探った。
東京・六本木のホテルに3月中旬、警視庁の捜査員ら集まった。ホテル一室に届けられた荷物の受取人を押さえるためだった。荷物の中身は、合成麻薬「MDMA」。通称「エクスタシー」と呼ばれ、覚醒剤のような中枢神経の興奮作用などがある、依存性の高い違法薬物だ。
荷物の受取人が箱を開けると、一斉に捜査員らが室内に踏み込んだ。そこには夫婦がおり、警視庁は2人を麻薬特例法違反容疑で現行犯逮捕した。
捜査関係者によると、この摘発に用いられたのがコントロールド・デリバリーという捜査手法だった。
中身は〝偽物〟に
コントロールド・デリバリー捜査とは、海外から郵便物に紛れ込ませるなどして密輸した薬物を税関検査などで発見したものの、その場では押収せず、届け先まで追跡して受取人らを摘発する手法だ。「泳がせ捜査」とも形容される。
万一、途中で追跡できなくなることなどを考え「中身は害のない偽物と入れ替えるなどクリーンな状態でも摘発を可能としている」(捜査関係者)。
すり替えた荷物はあくまでも薬物ではない「偽物」であるため、それを受け取ったとしても、「麻薬取締法」の規制対象ではなかった。だが、海外では、すり替えなどのコントロールド・デリバリー捜査が、薬物犯罪組織の効果的取り締まりの手法として効果を発揮しており、日本でも平成4年7月の「麻薬特例法」施行を機に、すり替えた場合などでも摘発できるようになった。
偽物とすり替える際に開封したことを知らせるセンサーなども荷物の箱などの中に入れ、開封と同時に捜査員らが室内に踏み込んで受取人らを現行犯で摘発する。
荷物の受取人は偽名を使うことが多いが、捜査関係者は「他人に宛てられた荷物を開封する人はおらず、開けた人は薬物と知っているから摘発は免れない」と説明する。
首謀者摘発目指す
この手法で、捜査当局はどんな「効果」を狙っているのか。
元厚生労働省麻薬取締部捜査第1課長で近畿大医学部非常勤講師の廣畑徹氏(66)は「首謀者を摘発できる可能性が高まる」と話す。
この手法が定着する以前は、違法薬物が入った荷物の受取人は、「闇バイト」などに応募した事情を知らない一般人らで、実際の指示役らまでたどるのが難しかった。
だが、導入後は、対象の荷物の追跡に失敗しても害のない偽物にすり替えておけば、市中に薬物が広がる恐れがないとし、荷物を〝泳がせ〟、売人らまでたどることが容易になったという。廣畑氏は「多くの人員をかけて監視することは大変な労力がいるが、(受取人の容疑を)グレーから黒に変える捜査手法で、厳罰化にもつながる」と話す。
また、近年目立つようになっている、薬物を体内に入れて持ち込む「携帯型密輸」の場合も、廣畑氏はコントロールド・デリバリーを「応用する余地はある」とみている。
追跡に「壁」
ただ、課題も指摘されている。
日本では、令状なしに捜査対象者の車両に衛星利用測位システム(GPS)を付け「追跡」する捜査を最高裁は平成29年に違法と判断。海外では普通に使われているが「プライバシーを侵害する」との理由で、警察庁も最高裁判断以降、捜査現場に、GPS捜査を控えるように通達している。
このため、捜査関係者によると、コントロールド・デリバリー捜査では、荷物を最初に受け取った人物から、指示役や首謀者に渡る「追跡」が、GPS捜査が認めらず、なかなか難しいのが実情だという。
捜査関係者は「コントロールド・デリバリー捜査をいかすためにも、GPS捜査は必要だ」と話している。
脱コロナ禍、航空密輸増加
海外から違法薬物が持ち込まれ、摘発されるケースは増加傾向にある。
財務省によると、昨年1年間の税関による不正薬物全体の摘発は1044件で前年に比べ25%増加したという。押収量は1147キログラムで同8%減だが、摘発件数は過去3番目を記録。押収量は7年連続で1トンを超えた。
密輸の形態は、航空貨物の摘発が207件で前年比92%増。航空機旅客も94件で前年に比べて約3・9倍と大幅に増えた。国際郵便も724件で前年比5%増となり、高水準だった。
摘発で増加が顕著なのが覚醒剤で前年の3・2倍となる300件だった。押収量は約567キログラム(前年比44%減)で、乱用者の使用量で約1892万回分、末端価格で335億円に上るという。
ヘロインやコカイン、MDMAなどの麻薬の摘発は前年とほぼ同数の232件で、押収量は重量が131キログラム(同2・2倍)、錠剤型は約7万8千錠(同41%減)だった。(塔野岡剛、橘川玲奈)