体内の“ゴミ掃除”を手伝うタンパク質・AIM(エーアイエム)について研究するAIM医学研究所所長の宮崎徹氏が1日、ペット用品の見本市「インターペット」で研究成果について講演した。かつて東京大学に所属していた宮崎氏は、研究費が打ち切られる苦境に陥ったが、AIMが猫の腎臓病治療に役立つとの報道で愛猫家から多額の寄付金が集まるなどの反響を呼んだ。近年はAIMの働きを高めて病気を予防するペットフードが登場しており、腎臓病末期の猫を助ける薬を使えるようになる日も近いという。
縛られた“戦闘機”
AIMは「Apoptosis Inhibitor of Macrophage(マクロファージの細胞死を抑制する分子)」の略。宮崎氏が1999年、論文で発見を報告した。
健康なとき、AIMはIgMという抗体の集まりと結合しているが、体内に侵入した異物や老廃物などを見つけると結合を解いてゴミにくっつく。それを目印に白血球の一種、マクロファージがAIMごとゴミを食べてくれるので、異物や老廃物の蓄積が原因となる病気のリスクが下がるという。宮崎氏は「まるで空母に搭載された戦闘機が緊急発進して、敵を攻撃するようだ」と例えた。
しかし、人間を含めた動物の体内でAIMが健康を“防衛”しているのに対して、家畜化されたイエネコ、ヒョウ、ライオンなどのネコ科の動物ではAIMがほとんど働いていない。AIMの血中濃度が人間よりも高いにもかかわらず、宮崎氏が「戦闘機が鎖でぐるぐる巻きにされている」と話すほどIgMとの結合が強固で、マクロファージにゴミの位置を伝えることができないのだ。
効率的にゴミ掃除ができない状況が続くと、老廃物や細胞の死骸が溜まりやすい腎臓にダメージが蓄積して、不要物の除去という腎臓の大切な機能が低下する。人間であれば人工透析で腎機能の低下を補う治療法があるが、猫を対象とした人工透析は一般的ではない。結果的に多くの飼い猫が腎臓の障害で死んでしまうことにつながる。複数の調査によると猫の死因のうち約30%が泌尿器系疾患だという。
宮崎氏らは、腎臓の炎症などが慢性化・悪化するステージ3と、末期腎不全で血液中のゴミが尿毒症などを引き起こすステージ4の中間で「人間ならそろそろ透析が必要になる」時期にある猫たちにAIMを試験投与した。通常の治療を受けているがAIMを注射されていない猫は196日で約半分が、約1年経つとほとんど死んでしまったが、AIMを注射された猫は約2年経っても「不幸にして病気が発生した1例」で死んでしまっただけだった。
腎臓はまったく異常がない状態でなくても、一部が正常に働いていれば役割を果たせるため、AIMが猫の腎臓病の進行を食い止めて寿命を延ばしたと宮崎氏は結論づけた。
「この1年間で研究を進めることができて、AIMで猫を救えると自信を持って言えるようになった」
適切にAIMを与えれば、猫の寿命が従来の約2倍に相当する30歳まで延伸する可能性もあるという。また、1週間おきに6回というように、病気が深刻化する前に集中してAIMを注射しておくと接種後に効果が持続することも分かった。
こうした研究結果をまとめた論文が年内に発表される予定だという。宮崎氏は猫用のAIMの創薬について「ほとんど完成していて、どこに打てばいいかも分かっている。今後は治験をして、申請をして、承認を受ける」と明かした。
「ちゅ~る」も参入
ペットフード協会の推計によると、2022年の時点で飼われている猫は全国に883万7000匹もいる。その多くが腎臓病のリスクを抱えていることを考えると、すべての猫にAIMを継続的に注射していくのは難しい。宮崎氏らは、腎臓病が進行した猫には注射で、まだ悪化していない猫にはサプリメントなどで対応する方針を掲げている。
体内にAIMを送り込む注射とは異なり、サプリメントでは果物のドリアンから抽出した成分などを経口摂取してAIMの活性化を促す。AIMそのものは猫の体内に存在しているので、IgMとの強固な結びつきがなくなれば、人間と同じようにAIMがゴミを見つけて、マクロファージがゴミを食べてくれるようになり、病気を予防できる。数に限りがあるAIM注射を、日ごとに腎機能が悪化する猫に回せるようになるということだ。
すでにペットフード大手のマルカン、いなばペットフードは宮崎氏と開発したAIM関連商品を昨年ごろから展開している。いなばペットフードは昨年、AIMの働きをサポートする商品をペースト状の猫用おやつ「チャオちゅ~る」のシリーズから発売。今春には同様の効果を見込める固形フードを発売し、AIM関連商品の需要拡大を狙う。同社担当者は「猫は食べ慣れないフードを拒否することがある。猫の好みに合わせてフードとおやつを使い分けてもらえれば」と話した。
人間でも約10%の人がAIMが不足していて、腎臓病を発症する恐れがあるという。宮崎氏は国内外の大学や研究所で人間の患者のために研究をしていたが、2013年に獣医師たちから腎臓病に苦しむ猫が多いことを聞かされて猫の研究も進めるようになった。そして猫のAIMが機能不全だったことを発見したというわけだ。
人間の腎臓病の治療法も考え方は猫と同じで「ゴミが出ないようにするか、ゴミを片付ける能力を高めるか。どちらかというと片付ける能力を高めるほうが楽」。治験などのプロセスで動物用の薬よりも創薬に時間がかかるが、宮崎氏は人間用の薬も「猫を追っかける形で」作っていると語った。