「すうどん」。関西出身の人にはおなじみですが、それ以外の人からすると「何それ?」と思う言葉です。「す」を漢字にすると「素うどん」。これは薬味のネギが乗っているくらいで具の入っていないうどん、要するに「かけうどん」のことです。埼玉出身の私はこれを「酢うどん」だとずっと思っていました。これが勘違いだと知ったのはいつの頃だったか覚えていませんが、それまでは「上から酢をかけて食べるうどん」のことだと思っていたのです。
先日たまたま読んだ『猫とみれんと 猫持秀歌集』という歌集にすうどんを詠んだ歌があり、これを見て過去の自分の勘違いを思い出したのでした。ちなみにこの歌は「すうどんはネギにカマボコ二切れに七味無料で三十五円」というもの。これは「昭和三十年代の大阪小景」というお題に沿って集められた歌の一つで、その頃の大阪ではすうどんが一杯35円くらいだったのでしょう。
その次の歌が「すうどんに揚げが入ればキツネなりこれは一杯四十五円」、続いて「かけそばに揚げが入ればタヌキなりこれも同じく四十五円」。少なくとも関東あたりでは煮付けた油揚げが入ったものを「キツネ」、揚げ玉が入ったものを「タヌキ」といい、それぞれそばとうどんの両方があります。これが大阪では「すうどんに揚げが入ればキツネ」「かけそばに揚げが入ればタヌキ」になるようです。
これをそのまま解釈するなら「キツネ」にそばはなく、「タヌキ」にうどんはないということになりますが、東京でいうキツネそばが大阪ではタヌキ扱いになるというのも文化の違いが表れていて面白いですね。
「すうどん=かけうどん」というのはいいとして、私には前々から不思議に思っていることがあります。それは「すそば(素そば)」という言葉は存在しないのだろうか、ということです。かけうどんに相当するすうどんという言葉があるなら、かけそばに相当する「すそば」という言葉があってもおかしくないと思うのですが、私は今まで見たことも聞いたこともありません。これはそばよりもうどんの方が好まれる大阪の土地柄によるものでしょうか。
先に挙げた歌でも「かけそばに~」と詠まれているところからすると、大阪でもかけそばはかけそばと言うのでしょうか。
今回取り上げた『猫とみれんと』には他にも面白い歌がいろいろあるので興味のある方はご一読を。ただし少々古い本なので新刊書店ではなく古書店などを当たってみてください。
この歌集の作者、寒川猫持さんは眼科医にして歌人、そしてかの山本夏彦さんの最後のお弟子さんなんだそうです。その名とタイトルから分かる通り猫好きの方らしく、飼っていた猫を詠んだ歌が最初に置かれています。その中で有名(?)なのが「尻舐めた舌でわが口舐める猫好意謝するに余りあれども」という歌。これは「うちの猫も…」という人がいるかもしれません。
最後に、この歌集の中で私が一番気に入った歌を挙げておきます。「〈石川や浜の真砂は尽きるとも〉世にてんぷらの種は尽きまじ」(Y)