『世界を騙した女詐欺師たち』トリ・テルファー著、富原まさ江訳(原書房・1980円)
言うまでもないことだが、犯罪はよくない。人を傷つけないにこしたことはないし、世界の愛の総量は多ければ多いほどいい。誰かを踏みつけて得た物になどなんの価値もない、と、思う。にも関わらず、「オーシャンズ8」は観(み)る度にワクワクするし、「ルパン三世」で一番好きなキャラはもちろん峰不二子。大胆不敵で自信にあふれたチャーミングな女に、どうしようもなく惹かれてしまう自分がいる。
『世界を騙(だま)した女詐欺師たち』はそんな巧みな話術と並外れた行動力を武器に、全てを手に入れんと暗躍した女詐欺師たちのエピソードをまとめたノンフィクションだ。詐欺の傾向ごとに4つの章に分けられ、ベルばら(ベルサイユのばら)ファンにはおなじみ、マリー・アントワネットの運命を決定づけた首飾り事件の首謀者や、オカルトブームの中で多くの悩める魂から金を巻き上げた霊媒師たち、魅力的なガーナなまりで米プロフットボールNFLの人気選手らに詐欺を働いた上、被害者から「彼女はこれまでに会ったなかで最も素敵(すてき)な人物でした」と言わしめた自称医師などが登場する。
彼女たちの鮮やかな手口には舌を巻いたが、そのほとんどが悲劇的な結末を迎え、被害者たちの嘆きに読後感には苦みが残る。生きた時代も18世紀から現代までと幅広く、生まれ育った環境も、国も人種も違う彼女たちだが、共通するのが「ここではないどこか」への渇望と言えるまでの思い、金への強い執着心、共感性の低さと自身をコントロールする力の欠如だ。共感はできない。でもなぜだろう、彼女たちを駆り立てたものが、少し私にも分かる気がする。
女だてらに、という言葉が死語ではない時代に(いまなおその言葉が意味を成す世界に私たちは生きているが)、私にふさわしい場所は絶対にここではないと抗(あらが)い続け、欲望に忠実であり続けるその姿はほんの少し羨(うらや)ましく、まぶしく思えた。その手段は正攻法ではなかったにせよ、あんたよくやったよ、と声をかけたくなったほどに。
『一旦、退社。 50歳からの独立日記』堀井美香著(大和書房・1650円)
50歳を前に長く勤めた会社を辞め、「沖に出てみる」と新しい世界に飛び出した筆者の一年を綴(つづ)ったエッセー集。自由で丁寧で、ちょっととぼけた語り口がじんわり染みる。なんだか勇気が湧いてきて、常時臨戦態勢だった肩からふと力が抜けていくのを感じた。こんな大人に、私もなりたい。
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<うがき・みさと> 平成3年、兵庫県生まれ。TBSを経てフリーアナウンサーとして活動。テレビ出演のほか、各誌にコラムを連載するなど活躍の場を広げている。