ほろよい余話

滋賀の銘酒「浅茅生」 老舗蔵元の夫婦が守る生酛造り

産経ニュース

時節は初春、寒さもゆるみはじめた日和、大津の酒蔵、平井商店を訪ねた。古くは大津百町として栄えた場所であり、大津港からもほど近く、湖辺の情緒を想わせる銘「浅茅生(あさぢを)」を醸す蔵元である。

酒の酛となる麹・蒸米・水を櫂棒で摺り潰していく伝統的な「酛すり」の風景
酒の酛となる麹・蒸米・水を櫂棒で摺り潰していく伝統的な「酛すり」の風景

早朝、蔵のある丸屋町商店街は、まだ静かなアーケードを歩く。趣ある老舗蔵の玄関で立ち止まり、閉まる扉に手をかけると、奥で馴染みのある声が漏れ聞こえた。

「おはようございます」と、事務所を覗くと、地元の酒屋や飲食店をはじめとした蔵元公認〝浅茅生応援団〟の面々と、蔵元夫妻が談笑していた。

蔵元の平井夫婦とは、数年前に知り合って以来、年代が近いこともあって、お酒の仕事に関わらず、お酒をご一緒する機会に恵まれてきた。妻の弘子さんに至っては、一つ違いで学年も一緒だとわかるや否や、すぐに口説いて飲み友達になった。

蔵の娘として、大学卒業後に酒造りの道に進み、若くして杜氏(とうじ)となった弘子さん。大手の酒造会社で働いていた将太郎さんと出会い、結婚してからは夫婦で蔵に入り、寄り添うように酒造りに携わる。おふたりの人柄が調和してそのままお酒になったようで、浅茅生には、自然と和やかな人々が集う。

この日は、通常の酒造りと異なる、生酛(きもと)造りの〝酛(もと)すり〟を手伝いに集まった。酛すりは別名「山卸し」といい、酒の酛となる麹・蒸米・水を半切り桶という平たい桶に盛り、櫂棒(かいぼう)という道具で摺(す)りおろす、古い伝統的な製法である。技術革新の進んだ現代の酒造りと比べると、より自然なかたちで発酵を促し菌を育てるため、手間も時間も費やすことになる。近年では、各蔵がより個性を競い合う時代となり、生酛造りは全国で復権の兆しを見せている。

平井商店では、今年で3期目となる生酛造り。将太郎さんの指導をもとに、3人一つの桶に向かい合い、せーのという掛け声で始まった。桶底に沿って弧を描くように櫂棒を差し入れ、皆で数を唱えながら、桶の周りを一歩ずつ進むようにして摺り潰していく。粒状の白くて重い山並みが、だんだんと柔らかく一体となっていく。

かつて蔵人たちが酛を摺りながら唄った「酛すり唄」は今ではほとんど聴かれないが、目に見えぬ菌の力を信じて、酒の神に祈る蔵人たちの姿が目に浮かんだ。待ち遠しい蔵人たちの春は、もうすぐそこまで来ている。

松浦すみれさん

まつうら・すみれ ルポ&イラストレーター。昭和58年京都生まれ。京都の〝お酒の神様〟をまつる神社で巫女として奉職した経験から日本酒の魅力にはまる。著書に「日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ」(コトコト刊)。移住先の滋賀と京都を行き来しながら活動している。


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