自分中心の考え方をする利己的な人は、自分以外の人たちのことも考える利他的な人よりも熟慮した思考をする傾向があるとした論文を、玉川大学などの研究チームが発表している。問題に対する理解も早いという。玉川大脳科学研究所の小口峰樹特任准教授は「利己的な人は自分の利益だけを考えて判断するので直観的な傾向が強く、利他的な人は他人の利益まで考えて判断するので熟慮的な傾向が強いと思われがちだが、逆の結果になった」と述べている。
社会的2重プロセス理論では、国民や市民といった集団の意思決定は直感的・感情的な「システム1」と、熟慮的・認知的な「システム2」の2つのプロセスによって行われるとされる。研究チームによると近年、この理論は人間の脳の働きに由来すると指摘されているという。人間の脳も、刺激や反応と報酬を直接的に結びつける「モデルフリー学習」と、刺激や反応と報酬の間に内部モデルが介在する「モデルベース学習」という、同理論の考えと類似した学習様式を持っているためだ。
研究チームは、社会における利己的・利他的という個人差がモデルフリー・モデルベースの学習様式に影響されているのではないかと仮説を立てて検証実験を実施。利己的・利他的の傾向を調べるテストと、選択によって“賞金”がもらえるテストを行い大学生183人のデータをまとめた。
前者のテストでは、自分が8500円をもらったときのことをイメージした上で、他の人がもらえた額を1500~8500円の間で回答させるなどして、自他の利得バランスに対する考えを表す社会的価値志向性(SVO)を数値化した。全体のうち特徴的なSVOスコアを示した35人を利他的グループ、46人を利己的グループとした。
後者のテストは少し複雑だ。参加者はパソコンに特定の図形が表示されると、2秒以内に左右いずれかのキーを押す。すると、最初の図形とは別の図形が表れる。続いて同様に左右いずれかのキーを押すと、また別の図形が表れ、それに応じて0円、10円、25円の報酬が支払われる(図参照)。
この実験を複雑にしているのは、参加者の選択と表示される図形が常に一致するとは限らない「マルコフ決定過程」を用いている点だ。例えば、1回目の選択で左を選ぶと70%の確率で紫の図形が、30%の確率で赤の図形が表示される。紫が表示された後に2回目の選択で左を選ぶと、報酬は70%の確率で10円、30%の確率で0円になる。参加者には参加料の1000円と、このテストを200回行って獲得した合計額が支払われた。
2つの実験結果を総合すると、利己的なグループと利他的なグループの平均獲得金額はともに約2000円だった。利己的なグループの方がわずかに高かったが、研究チームは「有意差なし」と判断している。両グループとも試行を重ねるうちに期待値が高い選択をするようになったが、学習のスピードは利己的なグループの方が早く、試行回数が60~80回の時点の獲得賞金が有意に高かった。
図形が表示されてから左右のキーを押すまでの時間を調べると、両グループとも1回目の選択で確率70%の画像が表示された場合は、2回目の選択する時間が徐々に短くなることが分かった。逆に、1回目で確率30%の画像が表示された場合は、2回目の選択時間が長くなった。参加者が課題の構造を学習して、確率70%の図形の後に表示される図形を予想できるようになったためだと考えられるという。
さらに2回目の選択について、200回の試行を40回ずつに分けて分析すると、利己的なグループは最初の40回までに確率が異なることを識別できたが、利他的なグループは時間がかかった。こうした結果を受けて研究グループは、利己的なグループは学習が比較的早く、より迅速に最適な選択肢に行き着くことができることが示唆されたと述べている。また、学習の初期段階において、利己的なグループは熟慮型のモデルベースに依存した学習をする傾向があることも分かった。
利己的な人は熟慮型であるという一般的なイメージとは逆の結果が示唆された結果について、小口氏は「利他的判断・道徳的判断における直観の役割を重視する近年の社会心理学の動向と足並みを揃えるものであり、人間の向社会性がどのようなメカニズムに基づいているかを考える上で重要なヒントを与えるものであると考えております」と話した。