昨年11月から12月にかけ、ロシアの侵略が続くウクライナを取材していた間のこと。留守を預かる妻から、アパートの隣室に住むご婦人が何くれとなく気にかけてくれるので心強かったと聞いていた。家族を置いてきている身としては涙が出るほどありがたい。
米国に戻ってから感謝の気持ちを伝えると、ご婦人は「こちらこそありがとう」と言う。お世話になっているのはわが家なのになぜ? 不思議に思っていると、「戦地の貴重な情報を発信する人に敬意を払うのは当たり前よ」と笑う。同じことは別の知人からも言われた。
米国では、国防に従事する軍人はもちろん、災害や犯罪などの現場へ真っ先に飛び込む消防官や警察官、救急隊員といった「ファーストレスポンダー(緊急対応者)」が高い尊敬を得ている。厳しい訓練を受け、死のリスクさえ伴う任務を遂行する人々は「ヒーロー」である。危険地からの報道を担う記者は、それに準じる存在ということなのだろう。
仕事である以上、どのような成果を挙げられるかは重要だ。だが、隣戸のご婦人ら多くの人からは、それとは別に行為そのものを評価するフェアな精神が感じられる。「ありがとう」。面はゆいけれど、気持ちを奮い立たせてくれる言葉だ。(大内清)