車いすテニスの第一人者として活躍し、今年1月に現役を引退した国枝慎吾さん(39)に17日、国民栄誉賞が授与される。通算28例目、スポーツ界では13例目で、パラアスリートとしては初めて。受賞決定後、「車いすテニスのみならず、パラスポーツ界の更なる発展につながることを祈念いたします」とコメントした国枝さん。アスリートとして評価されることにこだわった28年の競技生活だった。(運動部 奥村信哉)
国民栄誉賞、17日に表彰式
「車いすでテニスやって偉いね」。2月7日に行われた引退会見で、国枝さんはかつてよくかけられたという言葉への違和感を口にした。「別に偉いことじゃない。目が悪けりゃ眼鏡をかけるし、僕は足が悪いから車いすでスポーツをするしかない。特別なことではないとずっと思っていた」
世間の見方を変えるため、行きついたのは競技力を高めて車いすテニスをスポーツとして面白いと感じてもらうこと。チェアワークの徹底強化でネットプレーを磨き、スライス(逆回転)が主流だったバックハンドにトップスピン(順回転)を取り入れて、世界のトップに上り詰めた。
2015年11月、東日本大震災の復興支援を目的としたテニスの慈善試合で、国枝さんが元世界ランキング4位の錦織圭(ユニクロ)と対戦したことがあった。国枝さんの素早いフットワークや巧みなドロップショットに観衆は何度もどよめき、拍手を送った。錦織も「座ったままで打つのは(力の入れやすい)フォアはなんとか想像できる。ただバックであれだけ打てるのは想像できない。自分にはできないショットを彼は打てる。見えないところで努力していると感じる」と驚嘆していた。
21年東京パラリンピックで金メダルを獲得すると、国枝さんはかつてない反響の大きさを感じ取った。「みなさんがパラリンピックを知っていて、車いすテニスを知っている。(競技を始めてからの)28年で本当に変わった」。パラアスリートの地位向上に大きく寄与した競技人生だった。
「世界一」支えた妻のサポート
世界各地を転戦する国枝さんのハードな競技生活を支えたのが麗沢大の同級生で、2011年に結婚した妻の愛さんだ。特に苦しんだのが右肘を手術し、リオデジャネイロ・パラリンピックでシングルス3連覇を逃した16年。国枝さんは当時を振り返り、「追い込まれていたとき、やっぱり妻の存在はすごく大きい。もう無理かもだとか、もうプレーできないなとか、そういった言葉を吐き出せる場所があるのは、すごく助けになっていた」と感謝を口にした。
愛さんは結婚後にアスリートフードマイスターの資格を取得し、食生活でも献身的に国枝さんを支えた。引退発表に際しては自身のインスタグラムに「世界一のアスリートを妻として一番近くで支えることができて本当に幸せでした! 普通の人は見られない景色をたくさん見せてくれてありがとう! 我がサポートに一片の悔いなし!!!」と投稿、国枝さんをねぎらった。