「岡田の考え」が栗山采配を凌駕することができるのか-。大げさに言えば中野の二塁転向の結果は世界が注目します。第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の1次リーグで日本代表は4連勝。首位通過し、16日の準々決勝に進出しました。阪神の野手で唯一、選出された中野拓夢内野手(26)は源田壮亮内野手(30)=西武=の右手小指の故障後、チェコ戦(東京D)からスタメン8番遊撃で出場。1つの送球ミスはありましたが、攻守にはつらつとしたプレーを披露し、日本を代表する遊撃手として世界の舞台で躍動中です。その中野を今季から二塁で起用する岡田彰布監督(65)の狙いと結果は虎党ならずとも注目の的になります。遊撃で使った栗山英樹監督(61)との〝違い〟が虎に好影響を及ぼすならば幸いです。
WBCで若トラが活躍
自分達が応援するチームの選手が日本代表として活躍する姿はうれしいものですね。誇らしい…というべきか。決して阪神を身びいきしているわけではなく、虎の戦士達に日本のプロ野球界のトップレベルの実力があるのだ…と思えるのはファンの自尊心をタップリとくすぐってくれます。
WBCの1次リーグを4連勝で1位通過した日本代表は16日に準々決勝でA組2位通過のイタリアと対戦(東京ドーム)。勝てば舞台を米国フロリダ州マイアミのローンデポ・パークに移して準決勝(19日or20日=米国時間)となります。1次リーグでは初戦の中国戦から韓国、チェコ、オーストラリアといずれも大量得点を奪い、侍ジャパンの強さばかりが際立ちました。エンゼルスの大谷翔平投手(28)は投打に大活躍し、東京ドームは連日のように〝ショータイム〟で沸き返りましたね。
そんな侍ジャパンの中にあって、阪神から選出された湯浅京己投手(23)は2度のリリーフ登板で好投。まだ岡田監督は3・31シーズン開幕時の守護神を誰にするかはハッキリと明言していませんが、「大丈夫やな」とも漏らしていて、湯浅が開幕から抑えを務めそうな雰囲気がにわかに醸し出されています。
中野のベストポジションは?
一方でシーズン突入後の成績がさまざまな意味で注目を集める〝流れ〟となりそうなのが野手で唯一、侍ジャパンに召集された中野ですね。最初は控え要員でしたが、スタメン遊撃で出場していた源田が韓国戦で右手小指を故障。第3戦のチェコ戦から8番遊撃でスタメン出場しました。チェコ戦では初回2死二塁の場面で初めての守備機会となった遊ゴロを一塁に悪送球し、タイムリーエラーとなりましたが、その後の4つの遊ゴロは無難にさばきました。打席でも3つの四球を選び2得点&1盗塁です。
続くオーストラリア戦でも8番遊撃でスタメン出場すると、ノーエラーで4打数1安打。2試合連続の盗塁も記録しました。中野は「(相手投手の投球)モーションが大きいというのはわかっていたので、思い切ってスタートを切ろうと思いました」と話しました。
右手小指を故障した源田は準々決勝からも侍ジャパンの一員としてプレーしますが、故障の状況から見てもスタメン出場は厳しい状況です。代走や守備の控えとなりそうで、1次リーグ2試合のプレー内容から見ても、中野が日本代表のスタメン遊撃手として、今後もチームの世界一奪取の一翼を担うことは確実です。
中野がスタメン8番遊撃で16日の準々決勝、そしてマイアミで躍動する姿は楽しみで仕方ありません。ただ、一方で複雑な思いにとらわれるのも事実ですね。それは阪神に戻れば、中野のポジションは今季から二塁になるからです。
岡田監督は昨年オフに15年ぶりに阪神監督に復帰するや、いきなり中野の二塁転向を打ち出しました。5年連続でリーグワーストになっているチームの守備難の解消策として「二塁と遊撃のレギュラーは固定し、8割以上の試合でスタメン起用する」と話しました。チームの守備力強化の〝目玉政策〟のひとつが中野二塁転向だったわけです。
中野はプロ入り1年目の2021年には18試合で二塁を守っていますが、同年5月19日のヤクルト戦(甲子園球場)を最後に遊撃一本でプレーしてきました。昨季はすべて遊撃手として135試合に出場。打率2割7分6厘、6本塁打、25打点。リーグ3位の157安打に23盗塁と活躍し、いよいよ虎の遊撃手として盤石か…と思われた矢先の二塁転向だったわけです。
なので、侍ジャパンの栗山監督が中野を源田の控えの遊撃手として招集を決めると「こっち(春季キャンプ)ではショートはやらせへん。セカンドでやるわけやから、今年は」と少々、感情的なコメントを出しました。〝異変〟を察知したのか、1月23日には栗山監督が阪神の球団事務所を電撃的に訪問し、岡田監督と会談。遊撃で起用することに理解を求め、岡田監督も約30分の話し合いで了承しましたね。
中野の遊撃手への期待高まる
中野の遊撃起用はそこで一件落着!…だったわけですが、WBCの大舞台で中野が遊撃手として躍動すればするほど、周囲にはさまざまな声や見解が漂ってきますね。日本を代表する遊撃手なのに、阪神でわざわざポジションを代える必要があるのか…という疑問です。
実は春季キャンプ中、阪神のOB達の中からは「中野二塁転向」に対するいろいろな意見が出ていました。例えば「中野は2シーズン、立派にショートで活躍したのに、なんで代えるの?」とか「そもそも中野は木浪や小幡とショートのポジションを争って、勝ったからポジションを得た。それをどかせて木浪と小幡でショートを競わせている意味が分からない」とか…。または「矢野前監督が中野をショートで起用した。前任者否定のために中野をコンバートしただけでは…」という声まで聞こえてきましたね。こうした疑問符はWBCの中野の活躍次第で今後もどんどんと膨らむ可能性はあるわけです。
確かにオープン戦中盤になっても、木浪と小幡の遊撃争いは決め手に欠けて、決着していません。もし、ここに中野が加われば結論は2年前と同じになる可能性はあるでしょう。さらに中野を二塁に転向させたことで糸原が浮き、移籍してきた渡辺諒も代打起用が中心になるでしょう。この辺りのプラスマイナスをどう見るのか?
ただし、岡田監督は現役時代、内野手としてプレーし、卓越した野球理論を持っています。他の誰よりも内野の守備力を分析し、その結果が「中野二塁」だったし、「大山一塁、佐藤輝三塁固定」でもあったのです。「岡田の考え」や「岡田の目」を侮るわけにはいかないでしょう。チェコ戦で中野がいきなり送球ミスを犯した際、岡田監督が言わんとする箇所がいきなり出た-とも感じました。もし、中野二塁が成功し、木浪か小幡が虎を支える遊撃手に成長するならば、阪神の内野陣は充実し、チームは「アレ」に近づいているはずです。すべてはシーズン開幕後の結果ですね。
「岡田の考え」が栗山采配を凌駕すれば、侍では遊撃、虎では二塁…もなんら違和感は出ません。ただ、結果が暗転ならばどうするのか。現代における経済界では「朝令暮改」を「臨機応変」といい、むしろ誉め言葉に使う場合がありますね。戦争やパンデミックなどで見通しが大きく狂った際は前言を翻し、すぐに目標値や戦略を軌道修正する方が、自説に固執して損害を被るよりも優秀な経営者だ-というわけです。
世界の大舞台でプレーする中野の〝その後〟は世界の野球関係者やファンが注目することだけは間違いないですね。いろいろな意味を込めて、シーズン開幕が楽しみになってきました。 ◇
【プロフィル】植村徹也(うえむら・てつや) 1990(平成2)年入社。サンケイスポーツ記者として阪神担当一筋。運動部長、局次長、編集局長、サンスポ特別記者、サンスポ代表補佐を経て産経新聞特別記者。岡田彰布氏の15年ぶり阪神監督復帰をはじめ、阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。