中森明菜のカバー・アルバム「歌姫」は1994年3月24日、シングル「片想い/愛撫」(両A面)と同時発売された。
「シングルとアルバムの同時発売は珍しくありませんが、他のアーティストのヒット曲、名曲を歌い上げた『歌姫』は大きな話題になりました。トップ・アーティストの明菜が『歌姫』を前面に出したカバー・アルバムを発売するなんてこと自体があり得ませんから。〝歌姫〟という表現もですが、カバーブームの火付け役にもなりました」(音楽関係者)
明菜以外にも荻野目洋子が「ダンシング・ヒーロー」(85年10月25日発売)、長山洋子が「ヴィーナス」(86年10月21日)を歌って一躍、スターダムにのし上がったケースはあるが…。
「『ダンシング・ヒーロー』はアンジー・ゴールドの『素敵なハイエナジー・ボーイ』ですし、『ヴィーナス』もショッキング・ブルーをカバーしたバナナラマと多くは洋楽系のユーロビートをカバーしたものでした」(前出の音楽関係者)
それだけにドメスティックな名曲のカバーで注目されたのは明菜がアイドル、ポップス系では最初のアーティストだったともいえる。実際、「歌姫」の発売で音楽業界のムードも高まった。
「アルバム発売直後の4月の改編で日本テレビが『夜もヒッパレ一生けんめい』をスタート(4月16日)させました。これは1年で終わりましたが、すぐに『THE夜もヒッパレ』として復活したのです。毎週オリコンなどのデータを元にしたランキング形式で発表する邦楽ヒット番組でしたが、安室奈美恵や工藤静香、酒井法子ら出演者がカラオケで歌い上げるもので、出演者本人の曲がランクインしても、本人ではなく他の出演アーティストが歌うことが特色でした。SPEEDは、この番組でグループ名を公募してデビューするなど、土曜の夜の高視聴率番組で7年間続きました。もっともヒット曲のカラオケ番組だったこともあってか、明菜の出演はありませんでしたが、番組自体は明らかに明菜の『歌姫』に引っ張られたといっても過言ではなかったですね」(同)