歌舞伎町ヤクザマンション(東京都新宿区)の朝は暴力団組長のお出迎えから始まる。このマンションにはヤクザ組織の事務所が複数入っており、親分の出勤に備え、組員たちは一足早くエントランス前に集まるのだ。
私は『ルポ 歌舞伎町』(彩図社)執筆のための取材で、このヤクザマンションに約1年間部屋を借りて生活していた。仕事柄、深夜まで街を徘徊して昼過ぎに起床することが多かったが、まれに朝早くマンションを出ることもある。そんなときは、親分の出勤と時間が重なってしまうことがよくあった。
エレベーターで1階に降りてエントランスの階段を下ると、スーツで身を固めた男たちが10人ほどたむろっている。スーツ姿といっても企業に勤めるサラリーマンにはとても見えない。シルエットや革靴はパリっと決まっていて、なにより顔つきが一般人のそれとは違う。目が合っただけでもこちらが萎縮してしまいそうなオーラが、漂っているのだ。
それまで談笑していた組員たちも、組長が乗った車が明治通り沿いに止まると口を閉じ、マンションの前に整列する。私もその瞬間に居合わせたことがあるが、くしゃみひとつできない緊張感に包まれていた。
ヤクザマンションの住人から見た限り、暴力団は黒のワンボックスに乗っていることが多い。マンションの地下には駐車場があり、私はそこに自転車を止めていたのだが、もしもぶつけてしまったらと考えるだけでゾッとする車が何台も並んでいた。