位置情報を活用し、現実世界そのものを舞台として遊べるスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」などで活用され注目を集める拡張現実(AR)技術。企業を中心にそのAR技術を社会で実用化するための実証実験が大阪都心部で相次いで行われている。ITベンチャーなどが集積する首都圏に比べて関西は遅れが指摘されているが、2025年大阪・関西万博に合わせた導入を目指し動きが活発化。ARの関連市場は拡大の期待が高く、関西でも取り組みが加速しそうだ。
ビル壁面からビールの泡
昨年12月、三菱UFJ銀行系のスタートアップ(新興企業)の支援拠点「MUIC Kansai(ミューイック・カンサイ)」(大阪市)が大阪・難波地区で行った実証実験は次のようなものだった。
参加者がカメラ機能を起動したスマホをビルにかざすと、画面上でビルの正面に巨人がゴンドラで降りてくるアニメーションが始まる。巨人はビルの壁面をキャンバスに見立てて、はけでのりを塗り、ポスターを貼ると空に消えた。ポスターに描かれたビール缶からは泡が噴出し、ビルの「枠」をはみ出して周辺の空間に飛び出した。
参加者からは「実際は目の前にビルがあるだけなのに、スマホ越しとはいえ、実際にその場で繰り広げられているように見えた」と驚きの声が聞かれた。
実験は、スマホのカメラ機能と専用のARアプリを連動させてビルの形状から位置情報を認識し、運営者が表示したい情報(広告)を表示するというものだった。アニメだけでなく、位置情報をもとに街中に看板が実在するように表示する実験も実施。見る角度を変えるとそれに合わせて広告の角度も変わり、目の前に広告があるように感じられる技術が盛り込まれた。
ミューイックはAR開発企業と連携して技術開発を進め、広告にとどまらず、万博に合わせて増加が期待される訪日外国人客の関西での周遊観光促進にも活用する考えだ。
ミューイックの楠田武大(たけひろ)マネージャーは「首都圏では大手情報通信会社などがリードする形でARの実証実験が進む一方、関西ではこの分野のベンチャーとの協業の少なさもあり取り組みは遅れていた」と指摘する。
草創期の不自然さ解消
ここにきて関西でもARの社会実験が続々と行われている。昨年12月~今年1月には、インターネット上の仮想空間「メタバース」の運営などを行うNTTコノキューと阪急阪神百貨店、阪急阪神不動産が大阪・梅田地区でARのイベントを開催した。
参加者が専用アプリをダウンロードしたスマホを街中でかざすと、ビル群にアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する巨大な人形兵器がスマホ画面に実際の風景とともに出現。特定の場所に作品の登場人物を表示させ、街中をスタンプラリーのようにめぐってもらう体験型のイベントだ。
ARの画像を表示する技術は進化を続けており、草創期のような不自然さはかなり解消されている。画像を表示させるだけでなく、音声を流すこともできる。ミューイックは姫路城(兵庫県)で、スマホで位置情報を認識し、特定の場所に差し掛かるとスマホから効果音やせりふが流れる実験を行っている。
ARはバーチャル(仮想空間)技術のため自由度が高く、さまざまな用途が想定されている。広告の場合、リアル(現実)では一等地のため看板などを設置するハードルが高い場所でも広告を出せたり、広告を出したい事業者から請け負ったサービス提供会社がオンラインで広告を任意のタイミングで差し替えたりできるメリットがある。
AR実験の関係者は「関西では万博を目指して新技術を世に出そうという機運が高まり、企業の枠を超えた連携が起きやすくなっている。ビジネスチャンスでもあり、乗り遅れるわけにはいかない」と強調する。
大阪・関西万博が好機
ARなどメタバース市場の規模は拡大が期待されている。矢野経済研究所が昨年9月に公表したデータでは、令和3年度の国内の市場規模は744億円だったが、その後は右肩上がりで8年度には1兆円を超すと予測する。
同研究所は、新型コロナウイルス禍で法人向けのバーチャルのサービスが広がったとし、会議や展示会、セミナーの需要が急増したとする。その上で、「リアルで実施すべきものと、費用対効果の観点から、オンラインでも可能であるものとのすみ分けが明確化しつつある」と分析する。
また、法人向けのビジネス用途のサービスが一般の消費者向け市場に浸透すると予測。実際に大手企業の参入、事業者間の協業や業務提携の動きも目立つようになっている。
ARを取り巻く現状について、日本総合研究所の若林厚仁・関西経済研究センター長は「現在のARはゲームや観光、広告での用途が目立つが、製造業や物流、医療、教育などあらゆる産業での活用が期待される」と指摘する。
一方で、社会での活用に向けた課題として「使いやすい端末の普及」を挙げる。「その都度、スマホを取り出すのであれば用途が限られる。視野角や重量、バッテリー、価格など、バランスの良い端末の普及が重要」とする。
その上で若林氏は「日本の低成長の一因はイノベーション(技術革新)の停滞にある。今後、労働力人口の減少は避けられないが、ARにより生産性向上や新たなイノベーションが創出されることが期待できる」とした。関西では「未来社会の実験場」を掲げる万博を好機として、ARの可能性が社会に示されることになりそうだ。(井上浩平)