世界でも類をみない速度で進む超高齢化や、高騰し続ける医療費に対応する手段のひとつとして、「在宅医療」がクローズアップされ、国の政策もその方向性を強く打ち出している。在宅医療は、通院・入院といった従来の診療形態とは異なる〝第3の形態〟としての意義を持ち、病院・医院が唯一の治療場所であるとする概念を徐々に変化させつつある。この在宅医療の目的は、とりもなおさず患者さんの人生の質の向上にある。
私の恩師、兵頭正義教授(大阪医科大学)は「大腸がん」で亡くなられた。30年前のことではあるが、同じ麻酔科の医局員だった弟と交代で、点滴を抱えて兵頭教授のご自宅に通った半年間のことが今でも鮮やかに思い出される。
兵頭教授は亡くなられる直前こそ入院を余儀なくされたが、「できるかぎり自宅で過ごしたい」との希望はかなえられたと思っている。この経験をもとに、私は在宅医療と関わりを持つようになった。
従来の往診とは異なり、ハイテク技術や機器を用いる「高度在宅医療」として承認されているものには、在宅酸素療法や在宅輸液療法などがある。これらのうちで私が取り組んでいるのは「在宅自己疼痛(とうつう)管理」である。在宅でこの管理を積極的に行うメリットが大きい痛みとしては、まず「がん性疼痛」が挙げられる。特に末期がんの患者さんでは、どこで最後を迎えるのかが大きな問題となる。
「残された時間を家族とともに住み慣れた環境で過ごしたい」「病院ではなく、自宅の畳の上でその時を迎えたい」と考える方は少なくないはずである。また、家族にとっても心ゆくまでケアに参画できるメリットは大きい。
そのほかで対象となるものは「帯状疱疹(ほうしん)後神経痛」や種々の原因による腰下肢痛(特に胸椎、腰椎の圧迫骨折による)などの難治性の痛みであろう。
在宅での疼痛管理を行うにあたっては、持続硬膜外ブロックが威力を発揮する。〝ポート〟(硬膜外カテーテルとその受け皿であるポートを皮下に植え込む)を用いた管理である。これにより、患者さんは入浴も可能となり、感染の発生率も格段に低くなる。
私の父は「肝臓がん」で逝った。背骨への骨転移による痛みに苦しんだが、硬膜外ブロックを行うことで、最後の数日間を除いて自宅で過ごすことができた。最後の入院中、夜中に小便の介助をする私に「もう、あかんか?」と、尋ねた父の声が耳の奥に残っている。
医学部を卒業後、どの科目に進むべきか決めあぐねていた私に、「麻酔科に入局してペインクリニックの勉強をしろ、兵頭教授のもとで学ばせてもらえ」となかば強制的に勧めたのは父であった。
私にペインクリニックの道を勧めた父。ペインクリニックのABCを指導してくださった兵頭教授。その二人が空の何処かから見てくれている。
森本昌宏(もりもと・まさひろ) 大阪なんばクリニック本部長。平成元年、大阪医科大学大学院修了。同大講師などを経て、22年から近畿大学医学部麻酔科教授。31年4月から現職。医学博士。日本ペインクリニック学会名誉会員。