銀座並木通りクリニックを開院してからの16年間、がん医療は大きく進展しました。ほとんどの種類のがんで患者さんの生存率が高まり、かつては不治の病といわれたがんは治療の効果が十分期待できる病に変化していきました。
しかし、何らかの理由で、手術や薬物療法、放射線治療といった標準治療が受けられない、受けたくない、でも、標準治療以外の治療や民間療法などを求める「がん難民」の人たちは一定数存在します。この人たちにどう対応するかは、新しい治療法の開発と同じぐらい、向き合うべき課題でしょう。
なぜ、こうした状況が起こるのかというと、それはがんという病の特性なのです。がんは罹患(りかん)しても、すぐに体調を崩したり、寝込んだりするといった状況にはなりません。亡くなる直前の1~2カ月前までは、患者さんの健康状態は日常生活にさほど支障がない状態が保たれます。いってみれば「元気」なので、活発に自分にあう、満足できる方法を探すのです。
全国のがん診療連携拠点病院や地域のがん診療病院などには、がん相談支援センターがあります。ただ、同センターで治療に関する相談をしても、標準治療の範囲内でしか回答は得られないので、がん難民の人たちにとっては不満足な結果に終わってしまいます。
治療法の交通整理
もともと、がん相談からスタートした当院は、こうしたがん難民の方々を全国から受けいれています。患者さんは以下のようなパターンに分類されます。
標準治療をやり終えた▽薬物治療の副作用を敬遠し標準治療の継続を希望しない▽はじめから標準治療を希望しない▽高齢や肝機能障害などの併存疾患があるといった理由で標準治療が受けられない-などです。
こうした患者さんは、標準治療のなかで選択肢がない、もしくは、標準治療を望まない人たちですから、まずは時間をかけてじっくり患者さんの望むことに耳を傾けます。
患者さんの話を聞きながら、完治を目指せる標準治療が存在するのか、がんと共存する治療法を選択するのか、いわば交通整理を行って、患者さんとともに道を探っていきます。
患者さんの中には手術が可能な人もいます。だからといって、手術を受けられる病院に行ってください、と単刀直入に伝えるわけにはいきません。
そもそも、当院に来るということは、そうした大病院での治療に抵抗があるから来ているわけで、あくまで時間をかけて患者さんの納得を最優先します。
地域でサポートを
標準治療がない患者さんの場合、「がんとの共存」を目指す治療法を、患者さんの体調や全身状態を丁寧にみながら模索します。例えば、患者さんの体質と病状に合わせた、ほとんど副作用のでない量での抗がん剤治療のほか、放射線治療が行える医療機関との連携などです。
患者さんの体質と病状に合わせた量での抗がん剤治療は、がん専門病院など病院での治療では通例行われません。当院のような、ひとりひとりの患者さんとじっくり向き合える診療所の役割だと思います。これまで約800人の患者さんへの治療経験があり、その約6割の患者さんでがんの増殖を制御できています。
また、当院の患者さんは遠方から来る人も少なくありません。そうした患者さんには、地元の信頼できる医師や医療機関をみつけることをおすすめしています。
がん治療は大病院で行うべきものというイメージが強いですが、その地域でしっかり患者さんをサポートできる診療所などもがん治療に参加すれば、がん難民の解消につながる可能性があると考えています。